クロノプロジェクト・サード
 
 
 
 「春」
 
 
 
…カランカラン 
 
 
 ドアのベルが鳴った。
 長らく目新しい訪問客も無い静かな我が家。
 
 
 誰が来たのかしら?
 
 
 私は座っていた安楽椅子を立って玄関へ出向いた。
 
 
「どなたかしら?」
「あ、先日お話を伺いに来ましたトーマです。
 今日もお話を伺いに参りました。宜しいでしょうか?」
「あら、まぁ!はいはい。今開けてあげるからね。」
 
 
 私はドアの鍵を解いて開けた。そこには私の孫くらいの歳の若い男の子が可愛い
顔して立ってるの。フフ、この子、なんでも、私の知っている昔の事を本にしたい
って言うのよ。
 
 私は何度も断ったわ。だってそうでしょ?
 何の為にこんな森の奥に住んでいるのかしら?
 フフ…私は静かに暮らしていたいの。
 
 でもね、この子も頑固者で何度も来ては頼むの。
 それにこの目、あのヘーゼルの綺麗な目を見ていると、何だか昔を思い出しちゃ
ってOKしちゃった。で、2〜3日おきのペースでということで始めたってわけ。
 
 私は彼を家に入れると、リビングに案内したわ。
そこにある安楽椅子に私はまた座り、彼にはソファーに座ってもらった。
 
 
「えー、では、始めましょう。先日でようやく初めの冒険のお話がまとまりました
 ね。今週からは次の冒険の話になるんですね?」
「そうね。じゃぁ、始めるわよ。用意は良いかしら?」
「はい。いつでもOKです。」
「では…」
 
 
 
 …あれは、そう、暖かい春。
 
 
 長い冬を越えて草花が芽吹いて春らしい季節になった4月…
 
 
 
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王国歴1005年春…
 
 
 暖かな日差しが降り注ぐ。
 上を見上げれば、遙か彼方まで透き通るような青空が広がり、真っ白な雲がその
中にほどよく装飾を施していた。
 
 リーネ広場は、いつにもまして大勢の人々で賑わっていた。老若男女、はては犬
や猫の姿まで見える。
 それらの起こすざわめきは何らかの意図された言葉ではなく、人や動物達が集ま
れば自然とわき起こる類のものだ。
 
 近年、リーネ広場にこれほどの人々が集まるのは珍しい。
5年ほど前にあったばかりの”王国千年祭”のときですらこれより少なかっただろ
う。
 一角にはこの国の大臣や、文武高官達の姿も見える。噂話や世間話をしながら、
みんなが今日の主役達の登場を今や遅しと待っていた。
 
「はぁ、いつも思うけど、ドレスってどうしてこう面倒なのかしら。
 歩くと重たいし、裾を踏んで転ぶし…」
 
 ぶつぶつと文句を並べているのは、未だお転婆振りが抜けないガルディア王国の
王女マールであった。5年前に冒険をしていた頃に比べると、幾分大人っぽくなっ
たが言葉遣いや行動は以前と全く変わっていない。
 結婚式ということで、今は町長の家でドレスを着せられて、その周りで侍女達が
せっせとマールのドレスアップをしていた。普段はポニーテールにしてある金色の
髪は、ドレスに合わせて上に結い上げられていた。
 コンコン、とドアが軽くノックされる。
 
「まだか?」
 
 若い男の声がした。
 
「まだ〜。」
 
 些か疲れたように返事する。じっと立っているのに我慢できないといった風だ。
 ドアの外で、クスッと息を漏らす音が聞こえる。マールのそんな様子を察して苦
笑した様だった。服なんかぱっと着ればいいじゃない。マールの感覚ではそうだっ
たが、自分のために甲斐甲斐しく準備をしてくれる侍女達に向かって…
 
「もう着たくなーい!」
 
…とはさすがに言えなかった。
それから10分ほど経って、ようやくマールの支度が終わった。
 
「おまたせ〜。」
 
 ガチャッとドアを開けて最初に目に飛び込んできたのは、見慣れた青年が見慣れ
ぬ格好で立っている姿だった。赤い髪はいつものようにバサバサではなくてきちっ
と整えてあり、黒のタキシードを用いた礼装も奇麗に決まっていた。
 
「ヘェー、馬子にも衣装ね。クスクス。」
 
 両腕を後ろに組み、上目遣いにクロノを見つめる。その表情はマールがもっとも
得意としているものだったが、今日はほんの少し恥かしそうに潤んでいるようだっ
た。
 
「…うるさいなぁ。」
 
 クロノは軽く片手をあげ、悪態をつく。だが、クロノも少し緊張しているようだ。
いつもと同じ2人なはずなのに、いつもとどこか違う。
 そんな雰囲気が、今日の2人にはあった。
 
 生まれて初めての礼装である。まして、それが王国の古い格式あるものであれば
否応なく緊張する。そして、気恥ずかしさもあった。
 
 目を細めてこちらへ歩いてくるのは、マールの父親にして、このガルディア王国
の国王ガルディア33世である。国王はいつもの重厚な服装ではなく、やや抑えた
感のある装いをしていた。
 王は二人のもとに来ると二人の肩に手を置いて言った。
 
「おお、クロノ君。それにマールディアも見違えるほど奇麗だ。
 …そのドレス姿、昔のアリーチェを思い出すよ。」
 
 父の言葉にマールは幼き頃に亡くなった優しい母の顔を思いだした。
 
「…母上に。父上、母上との時はどうだったの?。」
 
 マールの問いに王は優しく答える。
 
「とても緊張したよ。だが、それ以上の感動を覚えておる。
 お前もクロノ君と共にその緊張と感動を体験してきなさい。そして、未来のガル
 ディアを継ぐ者として立派に務め上げるられることを民に示してきなさい。」
「はい!」
 
 王の言葉に二人は同時返事で答えた。
 
 王の後ろから侍従長が恭しく進み出て何やら王に報告する。その報告を聞き頷く
と王は侍従長を下げた。
 
「馬車はもう外で待っているそうだ。さあ、行きなさい。」
 
 侍従長の後ろには、一人の小さな男の子と女の子がついてきていた。
 彼らもやはり礼服を着ていた。
 
「みんなも広場で待ってるよ!早く行こうよ!」
 
 男の子―――町長の孫のフォルス―――が元気よくそう言った。
 女の子は、以前クロノが千年祭でネコを連れ戻してあげた女の子でナリアといい、
以来クロノをお兄ちゃんと呼んで懐いている。今もクロノやマールの足下ではしゃ
いでいる。
 
「会場の方はどう?」
 
 マールがナリアの頭を優しくなでながら聞くと興奮した様子で答えた。
 
「もういっぱいだよ。すっごい人がいるの!」
「そうなの〜、ありがとう。」
「マール、では私は一足先に会場で待っているよ。」
「えぇ、父上。」
 
 クロノが軽く会釈をする。国王はそれに片手を軽く上げて応え部屋を出て行った。
 そして、二人も外へ出ることになった。二人の先導役はフォルスとナリアの二人
だ。
 二人が仲良く手を繋いで前を歩く。その後をクロノ達二人は互いに手を組んで進
み、子供達が先に馬車に乗り込むと二人もその後に続いた。侍従長によって馬車の
ドアが閉められると楽隊のファンファーレが鳴り響き出発の合図を轟かせる。儀仗
隊長が王太子夫妻の出発を高らかに宣言した。
 
「王太子殿下、ご出発!!!」
 
 かけ声の後、祝砲3発の同時発射の音と共に馬車はゆっくりとリーネ広場へと向
けて出発した。
 
 ガタガタガタ…馬車の車輪が石畳の路面を踏みならす音がする。立派なガルディ
ア古来から伝わる民族衣装を着飾った兵隊が先導し、新婚の二人を乗せた馬車が式
場へ向けて走る。沿道には沢山の群衆が待っていた。
 
「あっ、来たぞ」
 
 誰かがそう言うと、それは次々と波に乗って群衆に伝搬していき、次いでいくつ
もの指と視線が、彼らの待ち望んだものを指した。
 
 
「マールディア様ぁ〜〜〜!!!」
「クロノ様ぁ〜〜〜!!!」
 
 
 沿道の民衆が一斉に二人の名を呼ぶ。
 ガルディアの国旗の小旗を振って各々が思い思いの声援を送っている。
 遠目からでもその華麗さの分かる馬車は、この日のためにとガルディア33世が
発注し、二人の共通の友人であるルッカとその父タバンの手で作られた物だった。
 
 金をふんだんに使ってはいるが、決して華美な印象はなく、宝石類を全く使わず
に銀や香木でアクセントを添えている。豪華ではあるが、馬の負担にならないよう
に意外と軽く作ってあるところなどは、技術職人の腕のなせる業だった。
 やがて、馬車は赤い絨毯の端で横向きに止まった。
 
 ガルディア中の人々が見守る中、ゆっくりと戸が開き、まずは先導役のフォルス
とナリア、それから、主役であるクロノとマールが降り立った。
 
 
 
「ウワアアアアアアアアーーーーーーー!」
 
 
 
 群衆から、あふれんばかりの歓声が響く。
 
 
「マールディア様!!!」
「クロノ様ー!!!」
 
 
 二人には一人一人が何を言っているのかわからないほどの大勢の声だが、誰もが
祝福の声を上げているのだろうと思った。マールが手を振って答えるとより一層そ
れが実感できた。
 2人は子供達に導かれて赤い絨毯の上を進んでいった。
 
 やがて、”リーネの鐘”の下にいる立会人代表である町長の前で止まる。二人は
そこで町長の左手に並び、歩いてきた方向を振り返った。
 
 一番前にガルディア33世がいる。クロノの母親ジナもいる。
 大臣もいる。タバン、ララ、それにピエール、フリッツ、その他クロノや
マールがよく知っているトルースのガルディアの人々がいる。
 
 大勢の人々がこんなにも自分たちを愛してくれることは感動的だった。
 人が生き、助け合い、愛し合う。
 簡単なことが、どれほど大切なことか。
 
 幸せをかみしめながら、
二人はあふれそうになる涙を懸命に堪えなければならなかった。
 
 
 
  2
 
 
 
「人生には幾つかの節目があるものと思います。結婚はその節目の一つですが、
 あなたはどうお考えですか?」
 
 トーマは節目と言ったわ。確かにそうかもしれない。
 でも、普通は平凡に過ぎ去るべきものよね。
 あの時代に生きた者の中にどれほどの人が平凡な節目を迎えたのかしら?
 …今となっては知るすべもないけど。
 
「そうね。私達はそういう節目があるから、何かに割り切ったり、
 何かを乗り越えたりという実感を持てるのかもしれないわね。」
「そうですか。ありがとうございます。では、続きをよろしくお願いします。」
「えぇ。」
 
 
 
 教会の鐘の音が鳴り響く。
 
 
 二人が教会から出てくると王立楽団が演奏を始め大勢の市民が拍手で出迎えた。
 クロノ達は赤い絨毯の上を片方の手は腕を組み、もう片方の手で声援を送る市民
に応えて前方に見える馬車に乗り込んだ。
 
 この日、王国歴1005年の建国記念日にガルディア王国では王女マールとクロ
ノの結婚式が盛大に行われ、マール王女たっての望みによって本来は王宮で行われ
る結婚式をトルース市内の教会にて行う。
 市民の祝福を受けてからその会場を王宮に移すという形で執り行われたこの結婚
式は、王国の伝統から夜通し王宮で披露宴が行われることになっていた。クロノ達
は勿論伝統通りに王宮で披露宴に参加していた。
 そんな中、披露宴も夜中になりある程度静まった頃にクロノとマールは控え室に
戻っていた。
 
 
「疲れたね。」
 
 マールは長椅子に足を伸ばして座り、侍女達に服を脱ぐのを手伝って貰っていた。
 クロノはガルディア王国の伝統的民俗衣装を着ていた。これはガルディア王国の
王太子が代々身につける服で、元々遊牧民族だったガルディアの祖先達が馬などを
駆って走り易い様に軽装になっている。クロノは王族が着る服にしてはシンプルで
動き易いこの服を気に入っていた。
 クロノはマールがドレスから着替える姿を椅子を逆さにして背もたれに手をおい
て顎をのせるような姿勢で笑顔で見ていた。
 
「あぁ、でも、良い思い出になるさ。
 何も無いよりは、あぁ疲れたとか言ってた方が思い出に残るだろ?」
「フフッ、そうね。どんなことも一瞬一瞬が思い出よね。」
 
 といってマールは笑った。
 マールの着替えは中盤に差し掛かっていた。ちょっと微妙な状況なので、クロノ
は立ち上がり椅子を反対向きにして気を使う。
 
「あら、随分他人行儀じゃない?」
「一応、俺も紳士だぜ?」
「もう、何よそれぇ。せっかく結婚したのにぃ。」
 
 マールはそう言いつつも微笑んだ。クロノもつられて照れていた。
 
「それにしても、…今日ルッカ来なかったね。」
 
 クロノ自身も気になっていた。マールの問いかけに上向き加減に答える。
 
「…あぁ。どうしたんだろうなぁ。」
「招待状は出してるのに、出欠の連絡は無かったそうよ。
 何かあったのかしら…できた。
 みんな、ありがとう。クロノ、もう前を向いていいよ。」
 
 クロノはその呼び掛けに応えて椅子を元に戻してマールの方を向く。
マールは先ほどのウェディングドレスから、クロノと同様のガルディア伝統の軽装
の民俗衣装に着替えていた。
 新婚の夫婦は披露宴で何度かお色直しで中座して衣装を変えて式に顔を見せるし
きたりになっている。クロノはマールの衣装を見てちょっとドキリとする。
 
「…かわいいじゃん。」
「そう?へへぇ〜。」
 
 クロノの言葉に照れて笑うマール。
 マールはクロノに近寄って腕を組むようクロノに促した。クロノがそれに答える
かの様にマールと腕を絡める。
 
「この前ルッカに会った時は行くって言ってたんだよ?
 式が終わったら今度ルッカの所へ行ってみましょう!」
「あぁ、そうだな。」
 
 
 
 
ドドォォォォォォォォォォォン!!!!
 
 
 
「きゃぁ!?」
「うぉ!?!」
 
 
 丁度その時、砲音一声、城中が激震に揺れ、外で悲鳴と怒号が聞こえる。
侍従達も叫び、マールが揺れでよろけるのをクロノが抱きとめる。
 
「何!?」
 
 マールが驚いて言った。
 クロノはマールの姿勢を正すと急いで一人窓へ走り、外を覗いた。そこには大勢
の見なれぬ国旗を付けた軍隊に包囲されている状況が映っていた。
 大臣が血相を変えて飛び込んでくる。その表情が全てを物語っているかの様だっ
た。
 
「はぁ、はぁ、両殿下!はぁ、はぁ、一大事ですじゃ!」
「一体なんなの!?」
「パレポリからの、き、奇襲ですじゃ!」
 
 大臣の話を聴いてクロノ達と共に侍従達も驚き落ち着かなくなる。クロノはきっ
と引き締まった表情になり冷静に大臣に問う。
 
「状況は?」
「は、現在城門を閉ざして防衛しておりますが、敵軍の新兵器の威力が凄まじくそ
 う保ちそうにありません!すぐにここから脱出して下さい!!」
「父上は!?」
「御安心下さい!陛下は既に脱出されました。
 姫様達も一刻も早く脱出し陛下と合流して下さい。」
「わかったわ。でも、みんなはどうするの?」
「我々は我々で何とかします!さぁ早く!」
 
 大臣の言葉にクロノがマールの方へ向いた。その表情は何かの決意を感じられる
ものだった。
 
「…マールはお父上のもとへ行け」
「え?」
「オレはここに残ってみんなと闘い時間を稼ぐ。」
 
それを聴いてマールは即答した。
    
「…私も行かない!」
 
 クロノはこの反応を予想していた。マールはきっとそう言ってくるだろうと。し
かし、例えマールがそう言おうともマールだけは守りたいと思っていた。
 
「マール、生きるんだ!いや、生きてくれ!
 俺の代わりは誰でも良いが、マールの代わりは無いんだ!
 ガルディア国民のことを考えればこそマールは生きるんだ!」
 
 しかし、マールの決意も固かった。
 マールの顔はいつもと違う迫力を持っていた。それは王族の威厳とでも言うべき
ものなのだろうか。
 
「クロノの代わりがいる!?クロノ以外なんて考えられないわ!
 …私はガルディアの姫、民を捨てて落ち延びたとなれば末代までの恥よ。
 クロノは私をそんな女だと思っていたの!?」
「そんな、無茶な!?!」
 
 マールの言葉に大臣は大慌てで再度驚いた。クロノもマールの言葉に不意を突か
れた様な表情になるが、すぐに緩み言った。
 
「…はは、マールらしいな。」
「へへ。」
 
 クロノはマールの言葉を聴いて納得するしか無かった。彼女の言葉はガルディア
の姫としてあるべき姿であり、それは自然な王族としての選択に思えた。
 しかし、何よりマールは一度決めたら曲げる様な性格じゃないのは長い付き合い
の中で分かっていることでもあった。そう考えると今は口論している場合では無く、
その中で何ができるかを考える方が大切だと思えた。
 
「さぁ、みんな戦えない奴は俺達が食い止めている間に大臣に従って逃げろ!」
「爺、みんなを頼むわよ!頼りにしてるからね!」
 
 二人に頼りにされて大臣は改めて気を引き締めた様な表情で答えた。
 
「…マールディア様、爺はお二人を誇りに思いますぞ。わかり申した。
 私が責任持って家臣達の命を守って見せますぞ!」
「全員の脱出にどの程度の時間が必要だ?」
「20…いや、15分ほどあればなんとかなるかと。」
「わかった。俺達も時間を稼いでから脱出する。その間に何とかしてくれ!」
「わかりました。では早速!皆の者、ワシについて参れ!遅れるでないぞ!」
 
 侍従達は大臣に従い素早く脱出に向かう。部屋にはクロノとマールが残った。マ
ールがこんな状況でありながらも笑ってクロノに問いかけた。
 
「どうする?」
「まず城門へ向かって反撃さ!」
 
 クロノはそう言うとマールの手を握って共に走り出した。途中通路には所々大砲
によると思われる破壊痕が出来て火災も発生していた。そこはクロノが真空波で吹
き消したりなどして城門に辿り着く。
 門番の衛兵は既に脱出したものと思っていた王太子夫婦が現れたので驚き敬礼す
る。
 
「殿下!?何故ここに!」
「オレも一緒に闘う!門はあとどれくらい保つ?」
「見ての通り厳しい状況です。あと数分保つかどうか。」
 
 クロノは城門と城壁の具合を見た。
 さすがにガルディア一千年を守り抜いた壁はそうそうには崩れそうにないが、門
の方は薄い鉄製の年代物のため所々の腐食による傷に加えて、外部からの激しい攻
撃に閉まっているのが奇跡の様な状況だった。
 
「敵の様子は?どんな奴らなんだ?」
「は、敵の戦力は…それがよくわからないのです。外にいる兵士達の武器は剣です
 が、その剣から光の玉が出て攻撃されている様なのです。あの新兵器の威力はす
 さまじい威力で、なにより全員があの玉を打つので…」
「そうか。」
 
 クロノは少し考えたが今はそういう時間も無いと考えすぐに思考を転換した。
 
「マール、準備は良いか?」
「いつでもOKよ!」
「ここの指揮官は誰だ?」
 
 クロノが衛兵達に問いかけると衛兵の中から二人の男が進み出てくる。いずれも
若いがクロノよりは若干年上かという年齢に見えた。一人は金髪でくせ毛のビック
スと言い、もう一人は黒髪で真面目を絵に描いた様な面持ちのウェッジという。
 彼らはこのガルディア王国の城門管理官という職にある。昔なら名のある将軍が
兵を指揮して守ったであろう城壁も、現代の平和な時代には昔の遺物となり役職と
しても税金の無駄と言われている状況にあったため、彼らの様な若い兵士が指揮監
督に付いている。
 クロノは二人を見ると握手を求める。二人は恐縮して応じた。クロノは簡単に宜
しくと伝えると全員に向けて話し始めた。
 
「よく聞いてほしいんだ。残念だがこの城は保たない!だからこの城を放棄する。」
 
 クロノの発言に一同がどよめいた。しかし、続ける。
 
「だが、城は放棄するがみんなの命までは放棄したくない!今、中の侍従達を大臣
 の指揮の下に避難させている。それにはあと少なくとも15分は必要だ!そのた
 めに俺達でなんとしても時間を稼ぎたい!力を貸してくれ!」
「私からもお願い!そして、みんなで一緒にここを出て新たに反撃の機会を作りま
 しょう!」
「おおお!!!殿下!」
 
 クロノ達の言葉で衛兵の士気が上がった。
 守りに既に入っている兵士達も表情が良くなり、戦い方も若干効率よくなった様
だった。二人の言葉は敗戦と死の二つの単語しか頭になかった統率の低い兵士達に
光明を与える活路となった。
 
「ビックス、ウェッジ、君達二人はまずは衛兵をまとめねばならない。残念ながら
 我が国の用兵技術は長い間の平和によって無いも同然になっている。だが、この
 有事を乗り切らねば明日は無い!
 ビックス隊はすぐにここにいる負傷者の運び出しにかかってくれ。そして城内の
 広間まで運ぶんだ。それが終わったらウェッジ隊の援護をしろ。ウェッジ隊は正
 門の守りに集中しろ。」
 
 クロノの指示を聞くとすぐに二人は動き出した。マールはクロノがこんな非常時
でも冷静に指示が出せるのを見て感心していた。それと同時に自分も何かしなくて
はと思ったが、元来お姫様な自分に何ができるのか見当も付かず、仕方なくクロノ
に聞かないと何もできない自分が恥ずかしかった。だが、今はそんな時ではない。
すぐに何でもして一人でも多くの人を助けたかった。
 
「私は何をすれば良い?」
「マールは広間に運ばれた人の手当を頼む。重度の負傷者を助けられるのは今はマ
 ールにしかできない。頼むぞ。…俺はこれから反撃に出る。攻められてばかりじゃ
 癪に障るからな。」
「わかったわ。でも、待って、ここでの私のするべき仕事があるわ。みんな、門か
 らちょっと離れて!」
 
 突然のマールの言葉に衛兵達は不思議に思いつつ従う。離れたのを確認するとマ
ールは魔力を手に集中し始めた。そして次の瞬間青白い輝きが手から起こり、一瞬
にして門の内側に巨大な氷の壁を作り上げていた。それは城壁と等しく分厚い氷で、
出来立ての冷気が辺りに吹き出していた。
 衛兵達は突然の出来事に驚いて腰を抜かす者まで現れたが、それを見てすぐに彼
らの上官であるビックスとウェッジはマールを讃えた。
 
「みんな見たか!我らにはこれほどの奇跡を起こせるマールディア様がついている
 んだ!」
「神の翼あるガルディアに栄光あれ!プリンセス万歳!」
 
 二人のかけ声に衛兵達も呼応して無事に集中が戻った。マールがそれを確認する
とクロノとひしと抱き合い、すぐに城内へ傷病者を運ぶビックス隊の者達と共に入
って行った。
 
 クロノはすぐに走り城壁の上へと登った。城壁の上からみたパレポリ軍は確かに
異様なものだった。剣を持つ兵隊が銃撃する城壁守備隊の攻撃を交わし、なおかつ
攻撃を加えている。そして、その破壊力はちょっとした大砲並みと言えた。
 しかし、他に大砲らしきものもある様だ。夜の闇で見えないが、衝撃の中でも特
に大きな衝撃を与える攻撃は遠方からの攻撃の様だった。
 
「奴らの剣は…?」
 
 クロノは剣からの攻撃を見ていて何となく見覚えを感じる。
 その振り、その効果…どこかで見ている気がした。だが、つかめない。クロノは
考えるのをやめて構えた。
 体中から稲妻が走り出す。地面に青白い法陣がクロノの足下を中心に浮かびだし
た。法陣からもエネルギーが溢れる。
 
 
 一方敵側では
 
「閣下、敵側から魔力反応をキャッチしました。一つは内部から、もう一つは城壁
 の上からと思われます。」
「ふむ。前衛展開部隊、一時後退!防御プログラムFED1実行せよ。」
「は!」
 
 閣下と呼ばれている40初め頃と思われる年齢の男は部下の報告を聞くと直ちに
命令を下した。
 その命令は異様なほど迅速に徹底された。
 
 
「…シャイニング」
 
 クロノが呟くよう唱えた。その言葉と共に法陣の輝きが一筋の光の柱となる。ク
ロノは全開の魔力を腕に集中させると的を絞りその力を解き放った。
 
 
 
 ゴオオオオオオォォォォォォォォ!!!!
 
 
 
 巨大な稲妻ともプラズマのスパークとも何とも言い様の無い莫大な光の波がクロ
ノの腕の指し示した方向を中心に発生した。その波は一瞬で1km先まで続くパレポ
リ軍を飲み込んだ。
 
「やったか…?」
 
 光の波が過ぎ去った後に現れた光景は恐るべきものだった。
 
「…マジかよ。」
 
 クロノは苦笑するしかなかった。自分の最強の魔法はあのラヴォスさえも無傷で
はいられなかったのに、まさかこれほど被害が少ないとは思わなかった。
 パレポリ軍は最前線の軍勢が若干壊滅しただけで、後衛部隊はほぼ無傷と言って
も良い状態だった。しかし、不思議なことは、ガルディアの森には確実にダメージ
が出ているということだ。まさかパレポリ軍だけすり抜けてしまったはずはないと
思うが、これほど被害が少ないとそう思うべきなのかと自問自答していた。
 
 
 
  3
 
 
 
 その頃、一足早く脱出した国王はアシュティア家から献上された第一号自動車に
乗りガルディアの森を東のトルース山側から抜けるルートを走っていた。
 
「…なんたることか。しかし、わしの目の黒いうちは決してパレポリなどに自由は
 許さん。」
 
 国王は苦々しくこの失態を甘受するしか無い自分の腑甲斐無さを呪った。
 近年ガルディア王国政府では多くの汚職が蔓延り、様々な面で制度疲労を起こし
ていた。財政面ではいい加減な計算に基づく財政計画により実際の必要経費との間
に歪みが生じ、本来為されるべき施策が満足に実施されないことがしばしばだった。
そのため国王は大鉈を振るい内閣を解散させ元老一派をようやく失脚させた所だっ
た。
 
 しかし、残された問題は山積みだった。特に安全保障に関する必要経費の削減は
今回の件の対応に直接響いたに違いない。だが、いくら国王が親政しようとも議会
の承認は要る。議会を無視しては民心を無視するに等しく政策は支持を失う。肝心
の民心は残念ながら平和な時代に武器は要らぬと軍事費の増強を支持しなかった。
 
 国王は近年のパレポリの動きを決して知らぬ訳ではなかった。むしろ、積極的に
注視し情報を分析させていた。
 
 千年祭後に突然一方的に独立宣言を出しパレポリ共和国建国。
 1003年にチョラスを吸収し、昨年にはメディーナ政府との同盟を樹立。
 
 その間の内情を把握する国王としては何も手を拱いていたわけではない。必死に
対応を考えた。独立宣言に対しては王国政府としては承認しない立場を明確に示し、
パレポリに対して経済制裁を実施した。しかし、海運で新たな道を歩み始めたパレ
ポリにはあまり効果はなかった。
 そして、チョラスの吸収に対しては名目はシーレーンの防衛を口実に海路封鎖を
実施しようと試みたが、その際は議会と経済界からの猛反対にあい断念せざるを得
なかった。
 
 ガルディア王の誤算はメディーナとパレポリの同盟であった。国王自身はメディ
ーナとの同盟を進めることを議会に提案した。しかし、議会は魔族との同盟の必要
性を否決してしまったのだ。
 その理由は「パレポリ共和国は存在しないため、国王の言うパレポリの軍事力と
は王国の軍事力である。よって、国軍を脅威とみなすのは筋が通らない」というも
のだった。まさかパレポリを承認しなかったことがこういう形で現れるとは思いも
よらなかった。
 議会は議会で仮にパレポリが脅威であるとしてもパレポリ一国では何もできない
と懸念を一蹴していた。メディーナと組めばあるいは対抗することも可能だろうが、
人間不信の魔族がパレポリと同盟を結ぶとは考えられなかったのだ。
 
「返す返すも悔やまれるのぉ。クローム、…城はどうなっておる。」
「は、陛下、城はまだ大丈夫です。」
「…そうか。マールディアは無事脱出しただろうかのぉ。アリーチェ、マールディ
 アを守っておくれ。」
 
 国王は一息つくと背もたれに深く背中を沈めた。
 その向かい側に座るクロームと呼ばれた男は城を再び見つめて一瞬笑みを浮かべ
たが、それは誰にもわからぬ本当にほんの一瞬の出来事に過ぎなかった。
 
 
 
  4
 
 
 
「うぉ!?わ、お、ぅ、うぉ、おぉ、お〜!!!」
 
 敵側から一斉に反撃がやってくる。ほぼ集中していると言っても良い。クロノは
それを必死にはじき返していた。
 
「くそ、的ってのもしんどいな。しかし、この力………魔法」
 
 クロノはシャイニングの効果が無いと見るとすぐに剣を抜いた。この剣はラヴォ
スとの戦いでも使ったクロノの愛刀である虹だ。虹を抜くと独特の七色の輝きが鈍
く光る。クロノは構えると一気に一閃した。その切っ先からは巨大な真空波が走り
前方の敵を切り裂いた。
 パレポリ側はシャイニングの防御態勢を解くとすぐに攻撃の出元へ向けて反撃を
集中させた。クロノ対パレポリ軍という構図になったがかえって互角に戦い始めた。
主にクロノがパレポリ軍の魔法攻撃を一手に引き受けたのでウェッジ隊は通常攻撃
で向かってくる敵軍にのみ集中して攻撃できるため安全になったからだ。クロノの
攻撃開始は本人も意外に思うほど時間稼ぎになっていた。
 しかし、それもそう長くは続かなかった。
 
「閣下、ご判断を。」
「…全軍、対マジックフィールド全開、敵魔導師集中攻撃開始。」
 
 閣下の命令下すぐに指示は実行される。パレポリ軍兵士は次々に地面に手を付く
と地面に向かって魔法を投じる。するとクロノの放つ真空波の衝突面がどんどん後
退を始めた。
 
「な、なんだ!?」
 
 クロノは省エネを考えて真空波で応戦していたが、突然効果がなくなり始めた真
空波をやめて魔法に切り替えざるを得なくなった。しかし、それもすぐに同様の状
況になり始めた。兵士達が再び手をついて地面に魔法を打ち出した辺りから効果が
どんどん失われていった。
 
「くそ!もう潮時か。」
 
 クロノはそう判断するとすぐに城壁から降りた。階下の衛兵達の方も急速に劣勢
になって浮き足立っていた。
 クロノは即座に城内への撤退を全員に命じると動けない者は残念だが諦め動ける
最後の一人が入るのを見計らってドアを閉めきつく封印した。
 マールが騒ぎを聞きつけてクロノのもとへやってくる。
 
「状況は?」
「時間稼ぎに少しはなったが、改善の余地無しさ。」
「そう、どうするの?」
「防戦をする時は終わった。これからは如何に生き残るかに的を絞る。
 マール、王族専用の脱出路を開いてくれ。」
「わかったわ。」
 
 マールはすぐに王族専用の脱出口を開き始める。脱出口は広間の四つの柱にそれ
ぞれ一つずつボタンとして稼働する壁があり、そこを4カ所とも押し込むと扉が開
く仕組み。
 マールがボタンを全て押すと玉座の裏の壁が奥に進み、現れた壁の窪みの床が沈
んで下り階段になった。クロノはそれを確認すると全員に向けて話し始める。
 
「みんなよく聞いてほしい!これから脱出に入る。だが、一気に全員は無理だ。だ
 から徐々に脱出する。時間がないので先にウェッジ隊が行け!その後はビックス
 隊が行くんだ!最後は俺たちが行く。以上だ!」
 
クロノの命令にウェッジが異議を唱える。
 
「殿下、我々はまずは殿下の無事を確保することが務めです。殿下の命令は我々の
 服務規定に反します!」
「そうか。だが、王族の命令に反することは服務規定違反ではないのか?」
「それは甘んじてお受けします。しかし今は非常時故に我々の最重要任務は両殿下
 の安全の確保が優先されます。」
「勘違いするなよ。俺はお前らの命を最優先した覚えは無い!」
「クロノ!?」
 
 突然の豹変に驚くマールや兵士達。
 
「両部隊を先に行かせるのは脱出先の安全の確保のためだ。さぁ、行け!!!」
 
 クロノの有無も言わせぬ迫力にただ全員が従った。さすがのマールもこんなクロ
ノを見たのは初めてで何も言えなかった。
 
 ウエッジ隊が先に脱出を始める。その間クロノとビックス隊は広間のドアを固く
封鎖しマールのアイスで固めた。また、クロノはバリケードとなる鉄線を予めビッ
クス隊に用意しておく様に言っていた。クロノは鉄線を入り口付近に張り巡らせて
壁を作り、入ってきても容易に突破できないように幾重にも重ねて障害を設けた。
 次第に広間の外が騒がしくなる。ついに内門も破られたらしい。既に大臣の脱出
完了時間は過ぎていた。大臣達は上手く脱出しただろうか?クロノはふと考えつつ
も外の様子に集中した。そのうちにビックスからウェッジ隊員全員の脱出口突入完
了の報告が入る。
 
「殿下、ウェッジ隊全員の突入が完了しました!」
「そうか。さぁ、すぐにビックス隊も続け!」
「…殿下、あなたはここで戦うお覚悟なのですね。
 我々は王国衛兵であると同時にあなたの忠実なる部下です。
 あなたに一生仕える覚悟です!一緒に戦わせてください。」
「俺はここで死ぬつもりは更々ないぜ。命を粗末にするなよ!さぁ行け!」
「殿下…どうかご無事で…」
「あぁ。脱出先でまた会おうぜ。」
 
 ビックス隊が脱出に向かったのを確認するとマールに最後の一人が出たら脱出口
を閉めるように静かに伝えた。マールは一瞬驚いた表情を見せるがすぐに了解して
脱出口へビックス隊が出るのを確認に向かった。
 クロノは鉄線バリケードの終端に立っていた。既に刀は抜いており臨戦態勢だっ
た。ドアの向こうでは盛んに中に入ろうと壁を壊すなどの動作の音が聞こえる。
 後ろで壁の動く音がする。どうやらビックス隊も脱出口に全員無事突入した様だ。
マールが作業を終えてクロノのもとにやってくる。クロノはマールの手を握ると問
いかけた。
 
 
「なぁ、マール?」
「何?」
 
「俺、さっきは兵士達の手前、死ぬ気は更々ないなんて言っちまったけど、正直な
 気持ちはさ、不思議と死ぬのが怖くないのさ。どう思う?」
 
 突然のクロノの告白に戸惑うが答える。
 
「どう思うって…そうねぇ、私もクロノとなら怖くないかな?」
「ははは、俺たちやっぱ夫婦だな?」
「…クスクス、そうね。」
 
 そのとき、ついに前方のドアが破られた。クロノは素早くマールを自分の後ろへ
移動させ構えた。
 パレポリ兵がどっと中に入ろうとするが、進路妨害する鉄線のバリケードに阻ま
れて除去しようしていた。クロノはそれを見計らっていたかの様に虹を通して鉄線
に魔法を投じた。
 鉄線に稲妻の魔力が込められる。それは瞬時にバリケードに触れるもの全員に伝
わり感電した。パレポリ兵は突然もがいた仲間を見て助けようと手を触れて感電し、
それは連鎖して伝わる。広間に入ろうとしたパレポリ兵は全て感電して動けなくな
った。それでも何人かは感電を避けて中に侵入してきた。
 クロノはバリケードへの電流出力を上げるとマールに合図を送る。するとマール
はすぐにアイスガを放って侵入してきたバリケード内部の兵士を氷付けにしてしま
った。
 
「へへへ、まだまだ時間稼がせてもらうぜ!」
 
 二人は入り口が閉じられたその隙にいつでも逃げられる様に後退する。鉄線は後
方の扉まで伸びているのでそのままそれを持ち牽制を忘れない。しかし、入り口を
塞ぐ壁は長く持たなかった。
 
「えー!?」
 
 マールは驚愕した。味方の兵士がまだ生きているにも関わらず氷は破壊された。
それは跡形も無くと言うに相応しい粉砕のされ方だった。クロノが構える。マール
はクロノの後方でいつでも魔法が放てる様に準備した。
 氷は粉砕されてダイヤモンドダストの様にちらちら光るライトの明かりに照らさ
れて舞落ちる。その中をまだ幼さの見える少年が剣を持ち歩いてくる。その腕には
赤く光る禍々しい魔力を放つ剣を持って。
 
「なんなのあの子…」
「あぁ、他の奴らとは明らかに違うな。」
 
 クロノの表情が険しくなる。あの剣は一体何なのだろうか。しかし、不思議なこ
とに懐かしい感覚もある。初めて見るはずなのに懐かしいというのもおかしなこと
だが、クロノは先ほどから相手側の攻撃を受ける中で深く感じていた。
 
 相手の剣士は何も言わずに一人歩いてくる。その後ろをついてくる者は一人もい
なかった。いや、後方に控えてあえて出てこないでいるのだろうか。城内が妙に静
かになった。
 剣士が構える。剣が赤い輝きを一際輝かせ宙を切る。その動きには一分の隙もな
い見事なものだった。クロノの額から汗が滴る。初めに動き出したのは剣士の方か
らだった。クロノは居合いの構えでじっと動きを計る。
 金属が互いを削り合う音が響き渡る。虹が瞬いて禍々しい赤を払う。しかし、相
手はやはり相当の使い手で容易に的には入らなかった。少年剣士はクロノの攻撃を
受け止めると即座に後退し再び攻撃を繰り出す。間合いが詰まっているためクロノ
は少年の剣を受け止めざるを得ない。
 
「(重い。一振りがこんなに重い剣は初めてだ。こんな細い腕からどうやったらこ
 んな重い振りがでるんだ)」
 
 クロノは心底驚いた。と、同時にその場に合わない興奮を覚えた。まさか剣で現
代にこれだけの使い手がいるとは思いもよらなかっただけに尚更だった。
 クロノが思い浮かべる使い手で強敵だったのはソイソーだ。ソイソーは純粋に自
分と同じ刀で対峙できる相手という意味でも特別な相手だった。それだけに苦戦も
した。
 しかし、ふと気がついた。少年の剣もソイソーとそっくりなのだ。いや、全く同
じではないが、もし現代まで生きていれば奴もこういう攻撃をしてくるのではない
かという思いも過るような剣だ。
 
「お前は何者なんだ!」
 
 クロノは思わず問わずにはいられなかった。これはソイソーの恨みによるとすれ
ば、さすがに襲われる覚えが無いとは言えない。だが、少年はクロノの問いなど聴
かなかったかのごとくそのまま次々と剣を繰り出していた。その剣は収まるどころ
かどんどん強く早くなっていた。
 剣先からかまいたちが起こりクロノを狙う。クロノはマールを庇いつつよけると、
かまいたちはそのまま後方の壁にある配電盤を切り裂いた。
 すると部屋の電気が消え真っ暗になった。
 
 
「クロノ!!」
 
 
 少年の剣が鋭くクロノの頬をかすめる。マールは驚き声も出ない。
 
 万事休す。
 
 
「…止せ。まだまだじっくり楽しもうじゃないか。」
 
 
 少年の後方から声がした。一人の男がこちら側にゆっくりと靴音を響かせながら
歩いてくる。静かな城内。雨音が聞こえる。外は雨が降っているらしい。後方から
やってきた男は少年剣士のすぐ後ろで止まると肩に手を置いた。
 姿は暗くてよく見えないが、立派な服を着ており、どうやらかなり上の位にいる
ものらしいことはわかった。歳は40過ぎだろうか、顔はあご髭を生やしているが
見た目には強そうには見えない。しかし、何とも表現しようの無い恐怖とも取れる
異様なプレッシャーが迫るのを感じる。
 
 
「ご苦労だった、ジョシュア。」
 
 
 男が少年を後方に下げるとクロノ達の前に立った。クロノは体制を立て直して構
えた。男はそんなクロノを警戒もしていないかのごとく堂々と歩いてきて言った。
 
「…少々手荒だったが我々の目的は一つ。ガルディアからの独立だ。」
「陛下は承認しなかった。だから力づくか?」
「フフフ、お前達の様な王者から見れば野蛮な蛮族だろう。だが、我々は抑圧され
 た挑戦者だ。歴史は確固たる力を持つ者が作ってきた。…なぁ、王女様?」
 
 マールは震えていた。この状況をどうしたら良いのかで頭がいっぱいだった。だ
が、今は相手に押されてはいけないと思った。
 
「私たちは抑圧なんてしてない!みんな平和に仲良く暮らしていたじゃない!」
 
「それはあくまでガルディアから見た世界だ。世界から見たガルディアはそんなも
 のではない。我々は長い間ガルディアが独占してきた富を返してもらいに来たの
 だ。そして、無論、独立も承認してもらう。だが、頑固な国王はそれを受け入れ
 なかった。だから、先ほど国王には崩御して頂いた。」
 
「え!?」
 
 二人は絶句した。男はなおも話を続ける。
 
「驚くことは無い。王権は地滑りして二人に降りてくるのだろう、ならばマール
 ディア姫は女王ということになる。さぁ、父に代わって決断してもらおうか。」
「…嘘よ、嘘!!!」
「嘘ではない。ま、私に証明する義務は無いがな。」
「…そんな。」
「マール!気にするな!」
 
 クロノはマールをかばいつつ素早く後退する。
 
「ほう、ささやかだが抵抗を試みるのか。それも良い。王者としてあるべき姿を示
 して貰おうじゃないか。答えは後でも良いことだからな。」
 
 少年剣士が男の前に歩み出て剣を構える。二人は奥へ後退した。奥には二階へ
の階段が見える。
 少年は動かずに構えたままだった。クロノ達が今度は仕掛ける。マールに合図を
送るとクロノは少年に向かって突進した。少年の間合いに入る瞬間に跳躍するとそ
こにマールのアイスが放たれた。虹はアイスをまとい振り下ろされると無数の氷の
刃と共に少年と男を襲う。
 少年はすぐに察知すると地面に手を突いて魔力を投じた。するとクロノ達の攻撃
の直撃の瞬間に水の幕が現れ攻撃を吸収してしまった。そしてすぐに立ち上がりク
ロノの剣も受け止めて払いよけた。
 クロノは負けじと剣を繰り出すが全て読み切っている様に受け止められてしまっ
た。そして最後の一撃は一際重い反撃となって返され、クロノは後方の壁に強く打
ち付けられてしまった。マールが素早く駆け寄り傷を癒す。
 
「くぅ…」
 
 再び構えるとマールを庇いつつ後退を始める。追う者たちは余裕の歩きで一歩一
歩二人に追った。
 今度は少年が仕掛けた。少年は驚くほど早いスピードで迫る。それは走るのでは
なく超人的なジャンプだった。クロノは少年の剣を咄嗟に受け止めることしかでき
なかったが、この技は以前に確実に見たことがあった。
 
「ジャンプ切り!?」
 
 少年は素早く後退すると魔力を集中させクロノに放つ。魔法は即座にかかりクロ
ノの周囲に水の球状の幕が張るとすぐに水が中を満たしシャボン玉の様に浮揚しだ
した。クロノは咄嗟に息を止めて耐えるが水圧がどんどん上昇し肺を圧迫する。
 必死に息を止めるが水圧により息が漏れだす。もう駄目だと思った瞬間に水球は
割れ解放された。
 
「きゃぁ!?」
「ぐあぁ!」
「いったぁ〜い!」
「ま、マール!?」
 
 落下した先はマールの上だった。二人は互いを支えつつ立ち上がり体制を立て直
す。今度の技も確実に以前見たことがあった。しかも、この技は連携して初めて成
立する技だったが、少年は一人で相手を利用して完成させていた。
 
「なんて奴だ。」
 
 二人は再び構えると徐々にまた後退を始める。
 階段を少しずつ少しずつ歩く間は両者とも攻撃はせずに相手の出方を見計らって
いた。特に追う側の者達はそういった余裕を持って見ていた。
 しかし、追われる側は気が気ではなかった。この先は自分たちの寝室しかない。
寝室は城の塔の最も高い位置にある。このまま逃げた所で逃げ場はかえって無くな
るのはわかっていた。だが、今は登るしか道はなかった。
 遂に塔の最上階の自分達の寝室前まで来た。両者は寝室前の控えの廊下で立ち止
まった。
 
「これまでかな。」
 
 男が話しかける。クロノはその瞬間に突撃した。攻撃は男を正確に捉えていた。
しかし…
 
カシン!!
 
 少年の剣が寸での所を受け止める。それは神業と言うべき対応能力だった。クロ
ノの剣があと数秒早ければ確実に男を貫いていたはずだ。しかし、その数秒さえも
少年には何ら不足はなかったのかもしれない。
 少年がクロノの剣を受け止めた瞬間、剣から一際赤い輝きが起こり爆発的な魔力
がクロノを強烈に背後の壁に吹き飛ばした。クロノの激突の衝撃で壁の一部が崩れ
た。外からの冷たい風が強烈に吹き込む。壁の外には今にも全てを飲み込む様な闇
が口を開けていた。
 マールがすぐにクロノを支えると壁から離す。そして素早く寝室のドアを開き中
に入った。
 見るとクロノの体は全身を強く打った衝撃に加え、頭も強打した様で意識が朦朧
としていた。それに加えて先ほどの剣の魔力だろう強い圧力を受けた痕が露出して
いる部分の至る所に見えた。
 
「クロノ、しっかりして!」
 
 マールはクロノに治癒の魔法をかけながらゆっくり後退する。それに敵の男達が
静かに合わせ二人の後を追う。
 
 
「さぁ、力の差はわかっただろう。」
「…そうね。」
「ならばおとなしく抵抗をやめてはどうだ。命を奪うと言ってはいないのだ。」
「どうかしら?父上を亡き者にしたということは、私たちもいずれ同じ運命じゃな
 くて?」
「ほう、我々は信用が無い様だな。約束しても良い。お前達の命は保証しよう。今
 までと同じ生活環境も与える。これで不満はあるまい?」
 
 
 マールはよろけるクロノを支えて奥へ奥へと後退した。後ろにはバルコニーがあ
るのみ。もうそこへ行けば完全に逃げ道は無い。マールは外へ出る扉の前に立った。
 
 
「仮にあなたの言葉を信じたとしましょう。だからと私たちが了解すると思うのは
 大間違いよ。トルースのみんなを忘れて自分達だけ平和に暮らすなんて絶対にし
 ないわ!私はガルディアの王女。王国の恥をさらして生きるなら死を望むわ!」
「…そうか。お前の父も同じことを言っていたよ。父子揃ってさすがガルディアだ
 な。気位だけは高い。そんな態度ばかり取るから命を粗末にするのだ。」
 
 
 男はそういうと少年を前に出し構えさせた。マールがクロノを庇い前に立って構
える。男は少年の肩に手を置くと言った。
 
 
「さぁ、国を切り開いたその剣で、歴史の幕を閉じてやるがいい。」
 
 
 少年の持つ剣が再び輝きを増した。マールが魔力を集中しようとしたところ、ク
ロノが朦朧としつつも一人で立ち上がり素早く構えた。
 
「クロノ!?」
「…下がってろ。」
 
 今度は少年から切り掛かる。再び両者の剣が交える。赤い輝きと虹色の輝きが幾
度となく交差し相手を狙う。しかし両者の力の差はここにきて絶対的に開いていた。
クロノはもう完全に防戦一方で攻撃的な剣は繰り出せていない。
 少年の剣が遂にクロノの左上腕部をかすめる。利き手に激痛が走る。クロノは痛
みに耐えて少年の剣を一気に受け戻した。クロノの突然の強い打ち返しで少年が若
干よろける。その隙にマールはバルコニーへのドアを開けた。外からの強烈な風が
急激に寝室へ侵入してきて追う二人の男達へ吹きあたる。だが、男は突然の強風に
も微動だにせずに前方の二人を目で追っていた。少年がバルコニーの二人に迫る。
 
 
「どうする?」
 
 マールが不安そうにクロノに訪ねる。クロノはこの非常時を感じさせない様な明
るい笑みを見せて答えた。
 
「…決まってるさ。」
「…え?」
「最後くらい…鳥になろうぜ?」
「…うん。」
 
 
 少年が風とともに迫る。クロノは負けじと剣を強く握り受けた。クロノの気迫が
魔力の風となって少年を威圧する。だが、少年はそれさえも問題では無いかの様に
相変わらず表情一つ変えずに攻撃してきた。
 クロノはこの少年の表情の無さが強さと相まってより際立って感じ取られた。だ
が、気圧されているわけにはいかない。より全身の力をその手に集中し攻撃を繰り
出した。
 だが、その思いも無惨に砕ける。
 
 
 
「あ…………」
 
 
 
 クロノの剣が宙を舞う。
 
 
 虹の橋を伸ばしながら愛刀が空を弧を描く様にゆっくり落下して行くのが見える。
 少年の後方から男が笑みを浮かべてこちらに歩いてくるのが見える。
 
 
 日の出の閃光が走り、風が鳴き、
 山が霞みつつその姿をおぼろげに見せる。
 
 
 赤い蠢き、脈動、威圧…
 迫り来る異様で巨大な陰を感じる。
 …それはいつか見た恐るべき恐怖に似ていた。
 
 
 
「えい!!!」
 
 
 
 マールが突然前に立ち魔法を放つ。
 至近距離からの強烈な氷の刃が迫り来る少年を襲う。これほどの量であればいく
らなんでも確実にダメージはあると思われた。
 
 
 だが、希望は外れた。
 
 
 少年に当たる直前に幕の様な力によって無惨にも氷の刃は潰れて後方へバラバラ
に飛散して消えた。
 
 
 
 
 …二人の成す術は潰えた。
 
 
 少年が空中から自由落下してくる。
 クロノはマールを庇おうと動くがもう間に合わない。どうしようもない絶望感が
足の先から全身を駆け上るのを感じる。
 
 
 
マァァァァァーーーーーーーーール!!!!
 
 
 
 その場にいた誰もが全てが決まったと思った。
 …しかし、運命は二人を見放さなかった。
 
 少年の持つ剣がマールを襲う瞬間、マールの持つペンダントと少年の剣が反応し
巨大なエネルギーの渦が巻き起こった。そして、突如クロノ達と二人の男達の間に
巨大なゲートが口を開けてその場のすべてを吸い込み始めた。
 
 
「きゃぁ!?!」
「!?」
 
 
 少年は自由落下してその中に吸い込まれた。
 マールも至近距離のために半身が吸い込まれた所をクロノが捕まえた。だが、少
年の後方にいた男が迫ってきたため、クロノは意を決してマールを抱いてその中に
飛び込んだ。
 
「…させぬ。」
 
 男はゲートの前に立つと手を前に出して魔力を注ぎ込む。すると、吸い込まれて
行った者達は男の魔力で亜空間の中で宙を浮いたままつなぎ止められた。じりじり
と引き上げる力が働く…。
 
 
「離せぇぇえええ!このぉぉぉおおおおっ!!!」」
「クゥッ!?」
 
 クロノが魔力を解くために咄嗟に男に向かってサンダーを放つ。だが、サンダー
の稲妻は男に当たる前にかき消された。しかし、思わぬ幸運が続いた。
 ただでさえ不安定な亜空間はバランスを崩し急速にゲートを閉じ始めたのだ。男
が必死につなぎ止めようとするがゲートの縮む早さの方が早く、ゲートは3人を飲
み込み閉じてしまった。
 
 …男がつなぎ止められたのは少年の持っていた剣だけだった。
 
 男はしゃがみ剣を取る。見るとまだ反応が残っているようだった。ポケットから
何かの機械をかざす。すると機械が反応した。
 
 
「チッ。」
 
 
 機械の出した答えは男を満足させる答えではなかったらしい。男は機械を再びポ
ケットに仕舞うとゲートの現れた場所をしばし見た。そして、静かに去っていった。
 
 
 
 城は日が昇った朝には完全に制圧され、首都トルースも完全にパレポリ共和国の
占領下に落ちた。占領下のトルースではすぐに国王の遺体がさらされ、王権が潰え
パレポリに統治権が移ったことが宣言されたという。
 
 
 
 
 ………王国歴は1005年を最後にその長大な歴史の幕を閉じた。
 
 
つづく

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 お読み頂きありがとうございます。
 拙い文章ですが、いかがでしたでしょうか?
 
 宜しければ是非感想を頂けると有り難いです。励ましのお便りだと有り難いです
が、ご意見などでも結構です。今後の制作に役立てて行ければと考えております。
 返信はすぐにはできませんが、なるべくしたいとは思っておりますのでお気軽に
是非是非お寄せ頂ければと思います。

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