クロノプロジェクト正式連載版

 第18話「懐かしさの理由」
 
 になると昼間の活気はなく、秋風が寒い。
 
 二人は適当な宿に入りクロノが交渉の末に安く宿に泊まることができることになっ
た。安く上げた分、部屋は狭くベッドも一つだけだが、二人にはそれで充分だった。
 宿を決めると空腹が気になった。そこで昼間から行きたいと考えていた巻貝亭へと
足を運ぶことにした。巻貝亭は宿と隣接した界隈にあり距離的にもとても近い。
 
 
 「かんぱ〜い!!!」
 
 
 店内に入ると団体客の宴会が開かれていた。他にも沢山の客がおり、昔の巻貝亭よ
りもずっと活気で溢れていた。二人はカウンターの席に座った。
 
 
「いらっしゃい。お客さん、何にします?今日のおすすめはゾウイカの香草焼きだ。
 今日はあちらに見える漁師さん方が大量にゾウイカが取れたってことで、ウチにも
 お裾分を頂いてねぇ、ま、安く出してるんで是非食べておくれよ!」
 
 マスターらしき40代程度のおやじは陽気に声をかけた。
 ゾウイカとはパレポリから東部近海の南の海に生息する通常一般的イカの4倍はあ
る巨大イカのことで、その大きな体は肉厚で歯ごたえも十分あり、とても美味な食材
だ。ゾウイカの産卵時期は秋から冬にかけての時期がピークで、秋口から徐々に水揚
げされる。
 
「へぇ、なら、それとビールと…マールは飲み物は?」
「え、じゃぁ、私も。」
「というわけだ?宜しくマスター!」
「了解!じゃ、ビール2杯だ!ま、まずは飲んで寛いで待っていてくれ。」
 
 二人はビールを受け取った。マスターはビールを渡すと足早に厨房に消えた。
 
 クロノはビールを一口飲むとプハーッと息を吐いた。マールも一口飲んで一息つく。
 今日は色々とあったが親切なニードのおかげでなんとかこの時代で目立たずに動く
ことも出来る様になった。ニードにはいつか恩返しをしたいと二人はそれぞれに感謝
していた。
 
 暫くは二人はその場の雰囲気を眺めた。周囲ではオルガンの陽気な音楽が流れ、そ
の音に合わせて歌いながら踊る者や、出された食事を黙々と平らげる人、そして、そ
れらのお客にウエイターがビールを盛んに運ぶ姿と賑わっている。
 
 ここの中では、今までに起こったことは嘘の様な陽気な空気があった。
 
 ふと、クロノはマールの顔を見た。その顔は何処となく変に感じた。
 何が変なのだろう?白く綺麗な肌。マールの肌は凄く白い。でも、今日はより白く
見えた。でも、それは不自然な白。そして、暑くもないのにランプの光に照らされて
汗の雫が輝いている。
 
 
「…マール大丈夫か?顔色悪いぞ。」
 
 
 クロノの心配そうな声にマールは微笑んで言った。
 
「大丈夫よ。…でも、確かに少し慣れないこともしたから疲れたかな。今日は疲れた〜。
 フフ、でも、お仕事の後のビールって美味しいね。」
「無理するんじゃないぞ?」
 
 マールは気にしてくれて嬉しかったが、ちょっと意地悪して聴いてみたくなった。
 
 
「それは何について心配してるのかな?」
 
 
 クロノはマールに逆に質問されて一瞬戸惑ったが、ニッコリと微笑んで答えた。
 
 
「ハハ、…マールの考えてること全部さ。」
「全部〜?本当に〜?」
「あぁ。」
「じゃぁ、クロノが将来禿げるかも?とか、
 私が好きな人と駆け落ちしちゃうかも?なんてことも?」
「…それ、今考えたろ?」
「エヘヘ、バレたか。」
 
 
 クロノがニッコリと笑みを浮かべてビールをまた一口飲んだ。マールも一緒にそれ
に付き合う様に飲んだ。だが、クロノが急に真面目な顔になる。
 どうしたんだろう?…そんな言葉が頭に浮いていた。
 
 クロノが虚空を見上げて話しだす。その声は何処を向いているのだろうと思ったが、
マールも特にクロノを見るでもなく、ビールジョッキの中の泡を見ていた。
 
「…帰らないとな。」
「…うん。」
「俺、考えたんだ。」
「…何を?」
「どうやって戻るかさ。」
 
 
 唐突な話にマールはクロノの顔を見た。次の言葉に期待して聴く。
 
 
「何か思いついたの?」
「…確信はないけどな。」

 
 
 クロノはそういうとビールを一口のみ、また話す。
 
 
「ゲートが開かなければ俺たちは元の時代には戻れない。それにはあの時どうやって
 ゲートを開いたかを考える必要が有る。原因の一つはマールのペンダントだよな?」
「えぇ、たぶん。」
「もう一つは、たぶんあの剣だろう。」
「そうね。私もそう思う。あの時あの剣が私を貫こうと襲った時に反応したから…。
 でも、剣なら何でも良いのかしら?あの時、ペンダントは反応して光ったわ。たぶ
 ん、光ることが重要なんだと思う。」
 

 マールの言葉にクロノはジョッキを置いて肘をついて考える様に言った。その表情
はまだ晴れ渡る様に確信しているとは言い難い様だが、クロノ特有の自信らしき芯の
ある眼がそこにあった。
 

「俺も、たぶん特定の剣じゃないと反応しないと考えてる。これは俺の推測だが、も
 しそうなら…戻れるかも。」
「え?」
 

 突然クロノが答えを出しそうな雰囲気にマールが固唾を飲んで待っている。そんな
表情を見てクロノは少し顔が緩んだ。
 

「…俺、アイツと戦ってた時な、凄く懐かしかったんだ。それがずっと頭に引っか
 かっててさ。」
「どういうこと?」
「…あいつ、ソイソーやカエルの技を使ってただろ?そして、あの剣だ。
 あの剣は邪悪な魔力を発してはいたが、たぶん、俺の勘が鈍ってなければ紛れも無
 くグランドリオンだろう。」
 
 
 クロノの出した名前は意外だが、確かに二人にとって懐かしい名前だ。マールの頭
の中ではその名から自動的にある人物の姿が浮かび上がっていた。
 
 
「…それって、カエルに会えばってことよね?」
「あぁ、だが、肝心なのはこの時代が中世のいつ頃か?ってことさ。同じ中世でも少
 し前と、もしかしたら凄く後ってこともあるだろ?
 ただ、街の人の話で今が魔王との戦いからしばらく経つことは分かった。正確な年
 代はわからないけど、そう遠い未来でもないと思うんだ。
 …もし途中で死んでいたり…とか無ければさ。」
「うん、…でも、本当にグランドリオンなの?アレ、赤くてギザギザしてて…。」
 
 
 マールの疑問は最もだ。あの少年が手にしていた剣は赤く、二人も知るカエルが手
にしていたグランドリオンとは似ても似つかない代物だ。
 クロノは目を上向きに思い出す様に話す。
 
 
「う〜ん、姿形は違うが間違いないはず。俺、魔力の勘は外したことねぇからさ。
 相手の力が分からなくちゃ戦えないだろ?それによ、あの色…たぶん、あれはドリ
 ストーンと同じじゃないか?」
「あ、そう言われれば…」
「昔ボッシュが言ってただろ?折れたグランドリオンを直す時に、原石を生成し活性
 化させないと使えないって。それで初めは赤い色の刃だったのが、活性化させたら
 どんどん透き通ってさ。」
 
 
 ボッシュとは彼らが過去の冒険で出会った老人で、過去にメディーナの地で刀鍛冶
をして暮らしていた。その老人は太古の時代から現代である1000年の手前頃に飛
ばされ、彼によって話題に出た折れていたグランドリオンは直されたのだった。
 
 
「覚えてる、覚えてる!うん、そうね、確かにそうだわ。
 …ってことは、あのグランドリオンはさびちゃったってことかしら?」
「…そうかもな。詳しいことはルッカやボッシュでもなけりゃわからないけど。」
「そうね。でも、これで少し希望が見えたわね。」
「あぁ。」
 
 
 二人が一つの希望が見えたと思って安堵していた時、背後から何者かがマールに手
を伸ばした。
 
 
「ちょっと、オネーさん!?うぉっと、なんだてめぇ〜!」
 
 
 酔った船乗りの青年がマールの肩に触る手前で、クロノが背後を見ずにしっかりと
青年の腕を掴んで止めた。
 
 
「悪いが、俺の妻なんだ。」
 
 
 クロノは振り向き様にっこりとして背後の青年に言った。しかし、青年は意外な反
応を見せる。まるで固まった様にクロノを見て驚いているようだ。
 
 
「なんだ、俺に何か付いているか?」
 
 
 クロノが表情を変え、手を離して凄む。青年は慌てた様に姿勢を正して謝罪した。
 
 
「す、すまない!二度としません!
 …そ、その、あなたはクロノさん…ですよね?」

 
 
 青年が突然知るはずもない自分の名を出したので、逆にクロノが不意をつかれた。
 
 
え?、…あ、あぁ、そうだが、何故俺の名を?」
「あ、俺ですよ、タータです!昔お世話になった!」
え!?タータ!言われてみれば…でかくなったなぁ〜!」
「ははは、お二人は変わらないですね〜。」
 
 
 確かにタータと名乗る青年は髪の色は勿論、顔立ちも昔の面影を残していた。
二人は驚きそれぞれに再会を喜んでいると、丁度良くそこにマスターが料理を持って
現れた。
 
 
「へい、ゾウイカの香草焼きだ。熱いうちに食べてくれぇ〜!」
「マスター、この人にビールを一杯頼む!」
「ヘイ!」
 
 
 クロノはタータにビールを頼み、3人はそれぞれに食べ物や飲み物を口に運びなが
ら語り合った。その会話の中で分かったことは、この時代は先の戦争から10年が経
過していること。そして、タータは夢だった船乗りになったことなどだ。
 
 
「そうですか、カエルさんを探されてるんですね。う〜ん、俺は心当たりは無いけど、
 東の化けカエルの森に行けばわかるかも。あそこは今でも蛙が沢山巣くっているか
 ら。」
「そう、ありがとう。タータ。」
 
 
 マールがタータに礼を言った。タータは頭を掻きながら申し訳ないという風にその
礼に応えた。
 
 
「いえ、お力になれなくて。何かありましたら是非港へ来てください!俺、まだ下っ
 端だからそんなに船に乗れなくて、いつもは倉庫で積み荷の整理をしてるんで。」
「ええ、わかったわ。」
「んじゃ、俺、仲間の所に戻ります。」
「そう、じゃ」
 
 
 そういうとマールは椅子を立ったタータに合わせて立ち上がった。
 
 
「…あれ?」
 
 
 何故か地面が幾重にも重なって見えた。いや、地面だけじゃない。視界に入る全て
が多重に映っていた。おかしい。どうしてだろう?そう考えている間にどんどん視界
が今度は回転を始めた。そしてどんどん暗くなる。
 
 
「マール!?!」
「マールさん!?」
 
 
 二人の声が聞こえる。周りも騒いでいる。でも、体は動かない。
 どんどん声が小さくなって行く。
 
 
「(どうして、どうしてそんなに遠くに聞こえるの?
  …私はここに居るのに。…誰か、見えない…、…暗い。)

 
 
 マールの意識は失われた。
 

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