クロノプロジェクト正式連載版

第54話「VIPルーム」
 
 
 人は自分達の部屋の上の階にある展望レストランに向かった。レストランには多
くの人が賑わい、食事をしている音が聞こえる。
 
 
「ここ最近割とまともな食事ね。」
「あぁ、俺達高級品ばっか食べてかなり罰当たりかも。」
「あら、そんなに良い物食べてるの?羨ましい。」
 
 
 中に入るとウエイトレスがやってきた。
 
 
「3名様で宜しいですか?」
「えぇ、あ、そうそう、この下の階のユキムラです。」
「ユキムラ様?、少々お待ち下さい。」
 
 
 ウエイトレスが足早に去って行く。すると少ししてウエイトレスの上司と思える中
年の男性がやってくる。
 
 
「ユキムラ様ですね?では、こちらへ。」
 
 
 上司の男はシズク達をレストラン奥の個室に通した。
 
 
「当店最高のお部屋へお泊まり頂いている方にのみ、招待させて頂いておりますVI
 Pルームでごさいます。まず飲み物のご注文を承ります。」
 
 
 そういうとウエイターはドリンクメニューを3人に渡した。
 見てみるとメニューには金額が書いていない。ただ種類と品種の違いと味加減の表
記が有るのみだった。…さすがにこれを見る限り、どれを選んでも値段は高額な事が
決定の様で、クロノは内心割り切った。
 
 
「俺は…そうだなぁ、ワインでも貰おうか。チョラス産のロゼ。」
「あ、私もそれ良いなぁ。」
「じゃ、それを頼む。シズクは?」
「私は未成年だから、メディーナオレンジジュースで。」
 
 
 3人の注文が決まると、ウエイターはメニューブックを一つ残して回収し、礼儀正
しく去って言った。
 
 
「…しかし、なんなんだ?すげー待遇良くないか?こんな目立つ部屋じゃなくても…」
「悪かったわねぇ。もう泊まっちゃったんだから仕方ないじゃない。」
「…にしてもよぉ。」
 
 
 クロノは値切ったというシズクの先ほどの言葉を思い出して呆れていた。値切って
もこれだけの部屋になってしまうところに微妙なズレを感じるクロノ。いや、それは
彼が庶民的過ぎるのかもしれない。だが、シズクはそんなに裕福なお嬢様なのだろう
か?…それにしては、彼女には失礼だがそうは見えないクロノだった。
 
 
「フフフ、良いじゃない?折角だから楽しもうよ?」
 
 
 マールが微笑んで二人に言う。彼女はこの部屋が気に入った様だ。外の眺めは庭園
の高い木々がライトアップされて幻想的雰囲気を醸し出している。
 ウエイターが飲み物を運んで来た。
 
 
「マールの言う通りよ?良いじゃない?それに、魔族の人達の良い教訓があるわ。」
「え?」
「彼等は少数派で住む土地もなかったの。だから、人並みの平和な暮らしを維持する
 にはお金を稼いで何時でもどこへでも動ける必要があったから流浪していたのよ。」
「ふむふむ。で?」
「さて質問、クロノなら旅先で泊まるなら、安宿と高級ホテルがあったらどっちが安
 全に泊まれると思う?」
「そりゃ、高級な所にいりゃ、嫌でも目立つから狙われるだろう?安宿に決まってる
 じゃん!」
 
 
 クロノは自信たっぷりに即答した。しかし、シズクの反応は彼の自信を裏切った。
 
 
ブッブー!答えは高級ホテルでした〜!
 魔族の人々は貧富の差に関係なく狙われていたから、安い場所だと何が起こっても
 保証はないけど、高級ホテルならお客のプライバシーと安全は保証してくれるから
 安全なのよ。何より政府の要人も泊まる最高級のホテルは特に安全だから、仮に政
 府の要請で危険が迫っても、ホテルは金額分の働きをしてくれるものよ?」
 
 
 シズクの答えには一理あった。確かにこれほどの規模のホテルならば、手の回りも
早いが便宜も図ってもらえる。何より警備体制も安全であり、裕福なのであればここ
に泊まるというのも納得がいった。
 
 
「へー、オレは安宿の方が目立たないと思ったけど…、確かに言われてみりゃそうか
 もな。」
「シズクって物知りね!凄い。」
 
 
 マールが天使の微笑みと言える微笑みでシズクに感心した。クロノはそれを見て思
わず和んだ。なんだかんだと難しい面のある彼女だが、この素直な曇りのない笑みが
彼を癒してくれた。
 そこにシズクが外を見て言った。
 
 
「ふふ、あ、始まったわ!」
「へ?」

 
 
 ヒューーーーーーーーーーーッ、
 
 ドォーーーーーーーーーーーン。
 
 
 展望室から一望できるトルース湾から花火が上がる。大輪の花は夜空に轟音と共に
花開き人々の顔を照らす。下からは花火が上がるたびに歓声が聞こえる。
 
 
「綺麗。」
「あぁ。」
「これが目当てでみんな来ているのね。」
「その様ね。」

 
 
 しばし堪能する3人。
 花火はなおも上がり続ける。赤、青、黄色、緑、桃色。様々な色の花火が次々と街
をその色に染めた。
 
 
「…ねぇ、良いかしら?」
 
 
 シズクが二人に話しかけた。
 
 
「何だ?」
「明日どうするか話そうと思うんだけど?」

 
 
 シズクの提案にマールが頷いて言った。 
 
 
「丁度良いね。咽を潤す物も揃っていることだし。」
「…今なら安全だからな。」

 
 
 シズクとマールが頷く。
 まずはシズクから話しはじめる。
 
「今日、服を買ってからも色々と街を見て回ったの。そしたら結構色々と怪しい部分
 が有るみたいよ。」
「…あぁ、オレもバーのマスターに聴いたよ。…この街の裏のことだろう?」
「えぇ。」
 
 
 2人の話に不思議そうにマールが聞いた。
 
 
「裏って?」
「…ここは昔の街より沿岸側に作られた新しい街であることは、2人とも気がついて
 いるわよね?」
「えぇ。」
「じゃぁ、昔の街はどうなっていると思う?」
 
 
 シズクの問いかけにマールはしばし考えて答えた。
 
 
「…移動したんじゃなくて?」
「そのままあるのよ。」
「え?」

 
 
 マールは予想外の答えに驚いた。まさかそのままあるとは思ってもいなかった。な
ぜなら、沿岸部にこれほどの規模の街が出来上がっているということは、過去のマー
ルの頭の中にある人口規模は勿論、経済規模も倍はある計算になる。
 そこにクロノが言った。
 
 
「旧市街…マスターはあまりこの話をするなと言っていた。つまりはこの街にとって
 抹殺された地域なのだろう。」
「そんな。…そこに人は住んでいるの?」
「えぇ。元々のトルース住民が全て住んでいるそうよ。今の新市街地にはパレポリや
 フィオナと呼ばれる地域からの人が多数を占めているそうよ。」
「フィオナ?」
「たぶん、ゼナンに茂る大森林地帯のことよ。」
「やっぱり?じゃぁ、今もフィオナの森はあるのね。」
「まてよ、なぜフィオナの住民はトルースの新市街地に普通に住めるんだ?」
「…それはいずれわかると思うわ。今は今後をどうするかよ。」
「シズクの言う通りね。明日はどうする?」
 
 
 3人はしばし沈黙した。
 花火の音と人々の歓声が聞こえる。
 クロノが口を開く。
 
 
「…リーネ広場なら、ゲートがあるんじゃないか?」
「…そうね。でも、ラヴォスが消滅して消えてるはずよ?」
「なぁ、シズク?ポチョはどんな小さなゲートでも開けるのか?」
 
 
 クロノの問い掛けに、シズクは少し考え込んでから言った。
 
 
「う〜ん、そうね、穴が開いていればの話ね。過去に仮に開いた場所でも、今開くと
 は限らないわ。空間は常に動くものなの。時間が進むように、空間もいつもかわら
 ないわけじゃないのよ。だから、一定の時期にその場所で開いていても次の時期を
 求めるのは難しいわね。」
「そっかー。でも、それは見てみる価値はあるよな?」
「えぇ、可能性がゼロではないから、見る価値はあると思うわ。でも、相当危ないら
 しいわ。旧市街は…。」
「…でも、行かなきゃわからないだろう。何も手がかりはない。俺達には選択肢はこ
 こ以外は見つからない。それに、怪しいじゃないか?」
 
 
 クロノの問い掛けに2人は頷いた。
 そして、シズクが言った。
 
 
「わざわざ旧市街にしているのは怪しいわよね。何かがもしかしたらあるかもしれな
 いし。」
「よし、決まった。明日はリーネ広場だ。いいな?」
「えぇ!」

「んじゃ、気持ちよく決まった所で…飯だ!」

 
 
 シズクがガクっと崩れる。
 マールは微笑んでいた。
 
 
 
 
 
 
 花火が激しく打ち上げられる。
 夜空の祭典も今日の終わりを告げていた。
 

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