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  冥香作・「INTERMEZZO」
 
 「まるで、闇ですら輝いているみたい」
 
 遠くで誰かがそう囁くのが聴こえた。それに答える声も。
 
 「ああ、解放されたことを喜んでいるみたいだ」
 
 なるほど、夜が輝いている。月も星も、……透けるような闇でさえも、「輝いている」と表現されるに相応しい。少々水気の多い焚きつけをくべられた火が昇らせる、もうもうたる白煙を吸っても、夜は濁るけはいを見せない。
 
 現れたのも費えたのも、遥かな太古ということになるのか。昨夜までは……、奇妙な表現ではあるが自分たちにとっての「昨夜」までは、王国暦千年のこの時代にも「それ」は確かに存在したのに。
 
 闇のなかの闇。闇を圧し拉ぐ闇。
 黒の夢。
 
 夜の闇よりも暗い闇でありながら、月や星に勝る強い輝きを纏うそれは、自分たちによる干渉がなかったなら、さらに千年の未来においても変わらぬ威容を誇ったはずだった。
 現にひとつの可能性として、その「未来」を見て来さえした。
 
 相反するものを同時に有し、
 時の流れを嘲笑うかのような不変を保ち、
 万物を支配しようとする意志を具現するかのように、天高くに浮かび……、
 それは自身の影を以って、地を這う者たちをひれ伏させようとした。
 
 ……そして、それは滅びた。
 
 「傲慢の報いだ」
 
 彼は呟いた。わざと声に出して。他でもない、自分自身に聞かせるために。
 「報い」などではない。分かっているだろう?それは言い分け、責任の転嫁だ。
 彼を責める、もう一人の自分。抗うように、彼は首を振った。
 
 「違う」
 
 違わぬ。手を下したのは、お前自身だろう?
 
 「……黙れ!」
 「え、何を?」
 
 戸惑いと驚きを含んだ返事は、耳が拾ったれっきとした「声」。
 
 息を呑んで振り返る彼の様子に、彼女は肩を竦めたようだった。焚き火を背にしているため、表情はうかがえない。眼鏡のレンズが満月のように光るばかり。
 無言で、彼は元通り彼女に背を向けた。動揺を気取られたことも口惜しいが、何より独りになりたかった。それなのに、すぐ傍らに立つけはい。
 酒精と芳香が鼻をくすぐった。それに釣られて、不覚にもそちらを向いてしまう。しばし葛藤。しかし敗北を認めざるをえず、彼は突き出されたカップを受け取った。
 「お疲れさま……は、まだ早いかしら。いよいよこれからだもの、ね」
 カップを彼に手渡して、彼女は自分のために持ってきていたカップを両の掌で包み込んだ。立ち昇る温かな湯気が彼女の眼鏡を曇らせたが、心得たようなタイミングで吹いた夜風がそれを拭っていった。
 
 「……もしかして、責めてたりする?自分を」
 「…………」
 「やっぱり!……だめよ。あんたに、そんな資格はないわ!」
 
 言いきられた言葉の不可解さに、彼は思わず言った者の顔を覗き込んだ。
 
 「資格がない……だと?」
 
 どういう意味だ?とは、口に出すまでもないだろう。
 
 「そうよ。だって、あんたはやらなきゃならないことをやったんだもの。それが正しかったかどうかは、分からないけど……」
 
 ふぅーっと、熱いカップを吹く音。
 
 「でも、一番選びたくなかったはずの選択肢が、一番に選ばなきゃならないものだって知ってたから……、だから、あんたはそれを選んだ。そうでしょう?」
 
 ああ、そうだとも。
 彼のなかで、もう一人の自分が嗤う。
 だからお前……俺は、この手で母親を、
 
 「あんたのこと、すごいと思う。偉いと思うわ。あんたほど強い人間を、わたしは他に知らない」
 
 彼の自嘲を知り、それを止めようというのか、彼女は彼の正面に立ち、自分よりずっと高い位置にある瞳……血潮の色を透かした双眸を見上げた。彼からは見下ろす位置にある彼女の瞳は、焚き火の光を受けて彼の瞳とは違う紅に輝いている。
 
 「あんた自身はどう思っているか知らないけど……、きっと『彼女』はあれで救われたんだと思う。ハッシュさんも、そう言ってたわ。あんたは、『やるべきこと』をやったのよ。だから……!」
 
 びしっと、彼女は人差し指を彼の鼻先に突きつけた。
 
 「だから、あんたを責める資格なんて、誰にもないわ!たとえ、あんた自身であってもね!」
 
 思わず眼を見開いて身を反らせた彼の腕を、彼女は力任せに叩いた。それは親愛を示す動作だが、慣れぬ彼は少しよろめいた。カップの中身を危うく溢しそうになる。にやりと不敵に笑って、彼女は彼のカップに自分のそれを軽くぶつけた。
 
 「前祝なんだから、辛気臭いのはナシよ!」
 
 一気に傾け、一気に呷る。「ぷはーっ」と少女らしからぬ息を吐くと、彼女は「あんたもやりなさいよ」と言うように彼に顎をしゃくった。
 
 「……何だ、貴様、酔っていたのか」
 
 苦笑が漏れた。それが今までにない穏やかなものであることを、彼自身は気づいていなかったが、彼女のほうでは気づいただろうか。
 
 「何よ!せっかくの酒の席で酔わないほうがおかしいわ!あんた、人生でひとつ損してる!」
 
 半ば無理やりのような勧めに応じて酒を乾した彼の手を、彼女は引いた。焚き火の……仲間たちのもとへ、導くために。
 
 行きすがら、またしても彼女は彼の鼻先に指を突きつけた。空のカップを持ったままの、手の指を。
 
 「見てらっしゃい!次のときは、ちゃーんと酔わせてあげるから!何てったって『勝利の美酒』なんだから、酔えないはずがないわ!でしょ?」
 「そうだな」
 
 彼の顔に笑みはなく、それ以上に真摯な賛同があった。彼女も笑いを収め、繋いだ手に微かに力を込める。
 
 「絶対、勝つんだから!期待してるわよ!」
 「言われるまでもない。貴様こそ、足を引っ張ってくれるなよ」
 「可愛くないヤツ!」
 「貴様ほどではない」
 「……ほんと、可愛くない」
 
 暗がりから手を繋いだまま現れた二人を、仲間たちが冷やかした。一際しつこくからかってきた誰かのカップに、彼女は生のままの酒をどぶどぶ注いで呷らせた。どっと、場が沸く。他の仲間から振舞われた酒を口に運びながら、彼も静かに笑った。
 
 明日は「運命の時」だ。
 
 ある者は復讐のために、ある者は未来のために、またある者は自分が生きる世界のために、運命の時へ向かう。
 
 「すべてを滅ぼすはずの者」が待つ時代へ。
 
 「また、みんなでこんなふうに騒ぎたいね」
 
 ひとしきり笑った後に、誰かが囁く声。そして、それに答える声。
 
 「そうだなあ、また……」
 
 皆で、誰一人欠けることなく、……未来を勝ち取った後で。
 
 この輝く夜の下で。
 
                                  了
 
 ごあいさつ
 
はじめまして、冥香(みょうが)と申します。
 
 クロノ・トリガーSS、初めて投稿させていただきます。
 ゲーム中でのタイムスケールとしては、「黒の夢攻略後、最終決戦前夜」のエピソードということになります。
 
 「彼」と「彼女」……自分のなかではイチ押しカップルだったりします。同士極少ですが(寂笑…)
 「誰と誰なのかさっぱり分からない」と思われてしまったら……、すみません、それは自分の力不足であります。さらに精進いたしますので、ご容赦を。
 
 最後になりますが、
 読んで下さった皆様方、ありがとうございました!またお会いしましょう!

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