クロノプロジェクト正式連載版

 
 
 第4話「不本意1」
 
 
 ルディア王国では毎朝大広間にて士官達の定例の朝見が行われる。
 
 
 基本的にはこの朝見では文武両官のトップとそれを統率する大臣に国王夫妻が加
わっての限られた者のみで行われるため、下士官であるカエルの様な指南役の意見
は上官である軍部将軍に上がって反映されるのが通例だ。しかし、カエルは救国の
英雄であり、歴史上数名しか所有を許されないグランドリオンと勇者バッジを貸与
された者ということもあり、例外的に出席を許可されている。
 …というよりも、国王がカエルの参加を望み、カエルもそれを受け入れていると
いうのが正しい状況認識だ。
 
 今日も国王は定例の朝見を行った。朝見は参加者がそれぞれ問題の有る無しに関
わらず一度の発言権があり、内務、軍務、大臣、国王の順に話すのが通例だ。カエ
ルは大抵は寡黙な人柄もあって話すことが無いことや、カエルの希望もあり最後に
何かあれば話すという形になっていた。
 
 
「…さて、グレン、何か話したいことはあるか?」
「訓練は進んでおりますか?」
 
 
 国王とその妃リーネはカエルにいつもの様に優しくにこやかに語りかける。
 いつものカエルならば国王が形式張らなくても良いとよく言っていることもあり、
国王夫妻に対しては若干砕けた感じで応じる。
 だが、今日は改まった様子だった。
 
 
「………両陛下、この度はその指南の件につきましてお話があります。」
「そうか。何か困っていることがあるならば、何なりと申せ。」
 
 
 カエルはうつむき加減で話始めた。
 
 
「…陛下、私を指南役の任からの解任をお願いします。」
 
 
 カエルの突然の辞職願いに驚く一同。
 
 
「…ふむ。お前の気持ちの全てとはいわない、お前が何を感じてきたのかはわかる
 つもりだ。しかし、わしがお前を解くとなれば、民はお前を本当に魔族として扱
 いかねん。それでは…あまりに不憫だ。」
「グレン、私もあなたの申出をそのまま呑むことは認め難いです。」
 
 
 国王もリーネもカエルに再考を促すが、カエルの表情は硬い。
 国王はそんなカエルに困惑の表情を浮かべつつ言った。
 
 
「むぅ、どうしてそうお前は全てを自分で背負おうとする?少しは我々にもその辛
 さを分けるという気持ちにはなれぬか?」
 
 
 カエルはゆっくり顔を上げた。目前の玉座には国王夫妻の姿が見える。リーネ王
妃の表情も沈んでいた。その表情に一瞬の心の揺らぎが走る向こうに…国王であり、
主君であるガルディア王の顔が見える。
 周囲一帯の異様な静けさが否応無く自分への注目を感じさせる中、カエルは静か
に言った。その顔には強い決意を持って。
 
 
「陛下、もう私の気持ちは固まっています。陛下のお気持ちを無にするのは不本意
 ですが、どうか私のわがままをお聞き入れ下さい。
 …それが認め難いと仰せでしたら、私はその罪を甘んじて受け入れる覚悟です。」
 
 
 国王とリーネは顔を見合わせた。
 二人はカエルの覚悟が相当のものであることを自覚した。
 
 
「…わかった。他でもないお前の強き望みを誰が拒むものか。…お前の解任を認め
 よう。…だが扱いはお前の辞職とする。」
「…有り難き、幸せ。」
 
 
 カエルは深々と謝意の礼をした。
 国王がカエルの願いを聞き入れたことで、ようやくカエルは安堵の表情をみせた。
だが、それとは反対に国王は内心困惑していた。カエルの今までの苦労を考えれば、
確かにここで留めるよりは良いだろう。だが、大切な人間と言いつつ、一人の人間
も幸福に出来ぬ王で良いわけがない。王は自分の腑甲斐無さを恥じると共に、カエ
ルがとても不憫でならなかった。
 救国の英雄というだけではない、カエルは国王にとっても大事な友人であった。
なぜなら、彼の最愛の妻を魔族の手から救い出してくれたのは他の誰でもない、カ
エルなのだから。
 そして、リーネのこともある。公的にも個人的にも国王はカエルが留まることを
願っていた。
 
 
「グレン、お前は今後どうするのだ?どこか思う場所があるのか?
 …もし無いのであれば、役を離れたとはいえお前は我々の大切な友人。
 この城をわが家と思い暮らしてくれて構わぬ。どうだ?」
「…お言葉には感謝しますが、私は予てより諸国を旅して廻りたいという願望があ
 りました。この機会に旅に出たいと思います。」
「なんと?」
 
 
 国王夫妻はカエルの言葉に驚き表情を曇らせたが、そこにはカエルの決断を尊重
するしか無いという諦めがあった。
 
 
「…そうか。だが我々はいつでもそなたの訪問を歓迎するぞ。」
「寂しくなりますね。グレン、私もあなたの訪問を陛下と共に歓迎致します。」
「…はい、近くに寄りました際は必ずお伺いします。
 …では、突然の願いに非礼ではありますが、職を辞した身故、私はこれにて。」
 
 
 カエルはそう言うと敬礼し、すぐにその場を立ち去ろうとした。
 それを国王が慌てて止める。
 
 
「まぁ、そう急ぐことはなかろう。おい!」
 
 
 国王は大臣の方を向いて突然呼びかける。大臣は驚いた表情で慌てて返事をした。
 
 
「は、はい!?陛下、何か?」
「お前も気が利かんなぁ。路銀が必要であろう!」
「ハ!申し訳有りません。すぐご用意致します。」
 
 
 大臣が慌ててベルを鳴らし、外で待機していた侍従を呼ぶ。侍従達は急いでドア
を開けて大臣のもとへ集まった。
 
 
「お前達、すぐに金庫へ行きグレン殿の道中不自由無き程度の路銀を持って参れ!
 至急だぞ!」
「…陛下、お気持は嬉しいですが、そのような配慮は無用です。私はこれにて…」
 
 
 カエルが恐縮して去ろうとしていた。
 それに慌てて国王は身を乗り出して呼び止めようとしたが、それより先にリーネ
が玉座を立ち、カエルのもとに歩み寄っていた。その手には折り込まれた紙を持っ
て。思わずカエルは彼女の名を呟いた。
 
 
「…リーネ。」
 
「…グレン、あなたには沢山助けられました。
 …でも、私はあなたの人生の一部も救えません…。
 この、恩知らずの私をお許しください。」
 
「…。」
 
 
 カエルは何を言って良いのかわからなかった。
 そんなカエルに、リーネはそっと右手に持っていた手紙を差し出す。
 
 
「…これは?」
「陛下と以前、あなたの今後のためにお話をしました。その時に、このような日が
 くることは予想していました。これはこの時の為に書いた物です。」
 
 
 カエルはリーネから手紙をしかと受け取った。その時、後方から侍従長がコイン
の沢山入った袋を持って参上した。
 
 
「両陛下、そして、大臣閣下、支度金のご用意ができました。こちらに。」

 
 そういうと周囲の行政官や国王夫妻に見える様にコインの入った袋を上げて見せ
た。リーネはそれを見るとその袋を自分のもとに持ってくる様に促す。侍従長はそ
れに従い、リーネのもとに行った。
 
 
「あなたの旅にガルディアの神のご加護があります様に。」
 
 
 リーネは侍従長からお金を受け取ると、それを直接カエルに手渡した。カエルは
謹んでそれを受け取った。
 
 
「…王妃殿下、有り難うございます。…お元気で。」
 
「(王妃…殿下…)」
 
 
 リーネはカエルの言葉の意味を受け取った。
 もう、自分の中にある過去の時代は無いのだということを…。
 
 
「…私は、…そうね。いつでも陛下と共にあなたの来訪を心よりお待ちしておりま
 す。…お元気で。」
 
 
 
 カエルは三歩下がり、その場にいる全員に対して感謝の意を示し、敬礼しその場
を退場していった。
 国王は二人のやり取りを黙認する様に、何も言わずリーネに全てを任せた。それ
はカエルに対する厚意の現れとして示した意思だった。二人は心の中でそれぞれに
国王への感謝の気持ちを思った。
 
 
 その頃兵舎では数人の兵士達が何やら話していた。
 
 
「…たく、格下相手にあんな力出されたらたまったもんじゃねぇよな。」
「あぁ、あんなん見たら誰が挑戦したいって思うかねぇ。
 あのキールでさえやられたんだから。俺の適う相手なわけないじゃん。」
「そうそう、ま、今回の件で化け蛙とはおさらばになって、
 結果オーライじゃねぇか?」
 
 
 
「おい、今なんて言った!?」
 
 
 
  突然キールが恐ろしい形相で部屋に入って来た。中にいた兵士達は不機嫌そう
なキールに話を止め、辺りは異様な静けさが漂う。
 キールは入り口付近で屯していた兵士達に問う。
 
 
「聴いてるのか!」
「あ………、大丈夫でしたかキールさん?」
「俺の体なんてどうでもいい!お前、今なんて言ったんだ!!!」
 
 
 あまりの迫力に圧倒される兵士。しどろもどろになりながら何とか答える。
 
 
「…え!?あ…だ、大丈夫か…と?」
「そうじゃねぇ!!結果オーライだの言ってただろうが!!」
「あ!それですか、アレ?なんだ寝ていて知らなかったんですか?あの鬼カエルは
 指南役を辞職したそうですよ。」
「噂じゃ王様もカエルには堪忍袋の措が切れたって話で、表面上は辞職だけど事実
 上の免職じゃないかって話ですよ。」
「!?本当か!?!」
「え、えぇ。」
 
 
 キールはそれを聴いて放心状態の様に宙を見て立っていたかと思うと突然笑いだ
した。
 
 
「………ッフ、ハハハ、ハハハハハハハハハ。」
 
 
 兵士達は突然笑い出したキールを見て、先ほどのカエルの一撃で気でも狂ってし
まったのかと思っていた。
 
 

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