クロノプロジェクト正式連載版

第5話「不本意2」
 
 
 
 キールの脳裏には先ほどのカエルとの会話の内容が思い出されていた。
 カエルは確かに「やめる」と約束していた。そして、それを即座に実行したこと
はキールには明確に分かっていた。それだけに自分の発した言葉に後悔せずにはい
られなかった。
 なぜ、あんな不本意なことを言ってしまったのだろう。 
 
 
 
「…くそ、増援はまだか!」
 
 
 ガルディア王国軍サンドリノ守備隊は度重なる魔王軍の攻撃に耐えてきた。しか
し、魔王軍によるゼナン海峡大橋からの補給の遮断に合い兵糧攻めにあっていた。
 サンドリノは近年の魔王軍の攻撃によって砂漠化が大幅に進行し、攻撃が始まる
前まではまだサバナだった地域すらも遂に砂漠化し農作物の栽培もいよいよできな
くなっていたのだった。
 
 
「父さん、俺たちどうなるの?」
「くだらんことを考えてる暇など無い!」
 
 
 14歳のキールはサンドリノに暮らす農家の少年で、家では代々トマトを栽培し
ていた。しかし、度重なる攻撃によって畑は壊滅し、今では町をバリケードで覆い
攻撃を防ぐのを手伝うしか無かった。
 
 父はサンドリノに暮らす普通の農家の男だ。魔王軍の攻撃が始まる前までは可も
無く不可も無い生活を日々繰り返せるだけの豊かさを持っていたが、近年の戦争は
父に限らず多くの街の人々を疲弊させていた。しかも、そこに追い打ちをかける様
にリーネ王妃の失踪の情報が入ると街の人々はいよいよ駄目かと内心思いつつ不安
な日々を送っていた。
 キールは怖かった。まだ街に直接的には被害はない。でも、街の周囲にあったト
マト畑や葡萄畑は消え、豊かな恵みをもたらした井戸水も枯渇しつつ有る。人が死
んだわけではないが、いつか自分が死ぬかもしれないと考えたら気が気ではなかっ
た。しかし、希望もある。彼はパレポリから伝わった勇者の話をいつも心待ちにし
ていた。
 勇者の話とは当時パレポリに天才的センスで魔王軍の軍隊を巻いてしまった1人
の少年の話だ。その少年は胸に勇者バッジを身につけ、迫り来る魔王軍の軍隊を独
り前に立って全て交わして敵将を倒してしまったという。歳は自分と変わらないと
いうのに、その少年は魔王軍を相手に一歩も引かなかったらしい。
 そんな話を伝え聞く度、キールは少年の夢を膨らませていた。いつかその少年と
同じ様に勇者になるのだと…。
 
 
 
「おーい!オレは探検家のトマだ。知ってるだろ?」
 
 
 
 街の外から一人の男が大声で話す。見張り台に座る門番の男がトマと名乗る男の
顔を確認し慌てて中に入れる手配をした。
 
 
 
「よ、ありがとよ。」
「おい、どうなんだ?」
「へっ、聴いて驚け、橋は無事だ。」
「本当か!?」
「あぁ、詳しくは町長が先だ。あとで町長から聴きな。」
 
 
 
 そう言うとトマは町長の家に向かって歩いていった。
 
 
 トマの話では、ゼナン大橋守備隊は壊滅に近いダメージを負ったが、そこに現れ
た3人の少年達が魔王軍参謀ビネガー率いる躯軍を全滅させたという朗報だった。
またしても新たな少年達が未来を切り開いたのである。
 
 時を同じくして街の周囲でサンドリノへの攻撃を狙っていた魔王軍も引き始めた。
王都トルースからは商人の通商も再開され、物流が元に戻り始めたと同時に王国軍
も次々に新しい師団を派遣し進軍を始めた。ついに攻勢が反転したのである。
 
 
 
 
「…またお前か?親父に叱られるぞ?」
「良いんだ。俺ずっとトマさんが戻ってくるの待ってたんだぜ?また冒険の話を聴
 かせてよ!」
「ガハハハ、お前くらいだな。俺の話を好んで聴く奴は。」
 
 
 
 トマは虹色の貝殻についての調査の報告に定期的にサンドリノへ来ていた。町長
はトマの情報力をあのゼナン大橋の件から信じて、魔王を倒すべく伝説に伝え聞く
「虹色の貝殻」と呼ばれる宝の調査を依頼していた。
 定期報告を終えると毎度酒場で一服とばかりにビールを飲んではのんびり音楽を
聴いているのが彼のスタイルだが、たまに酔い覚ましにと外に出て井戸に行き水を
汲んで飲み、そして口笛を吹きながら一人で井戸に寄りかかって寛いでいる。
 キールはたまたま夕方水汲みにやって来た時にトマと井戸で出会った。キールが
興味本位でトマから外の国の話を聞いたことが切っ掛けで、冒険の話を聞かせて貰
っている。トマも満更悪い気はしないらしく、色々と気持ちよく話してくれた。
 
 
「勇者グレンってどんな人?」
 
 
「…グレンか?奴は凄いよ。魔王に破れた時にな、呪いを掛けられてな、蛙の姿に
 変えられちまったのさ。普通なら蛙のままだが、アイツは蛙の体というハンディ
 を乗り越えた。魔王の呪いだぜ?そいつを乗り越えることがどんなに困難なこと
 かは想像に難くない。ま、それだけ一本通った奴だってことだろう。」
「へぇ、凄いなぁ。俺もグレンの様に強くなれるかなぁ?」
「はっはっは、お前はカエルが好きだなぁ。そうだな、奴と同じ様に強くなりたい
 なら、まずは王宮守備隊にでもなるんだな。それが出来なけりゃ無理だ。諦めろ。
 ま、もっとも、守備隊と言えども難関だからなぁ…入れただけでも褒めてやるぜ?」
 
 
 トマはキールが見るからに入隊不可能だという眼差しで話した。キールはその態
度に膨れた。
 
 
「ブー!むかつくー!」
「ガッハッハ!悔しかったらなってみろ!ガッハッハ!」
 
 
 キールの膨れ面に大声を上げて笑うトマ。吐息からビールの匂いが漂い酒臭いの
を我慢しつつ、キールは悔しそうに言った。
 
 
「むぅ〜〜〜…教えてくれよ!」
「ん?」
「戦い方を!」

 
 
 トマはキールの真剣な眼差しを見て、真面目な顔になり見据えて言う。
 
 
「…戦なんざ知らねぇ方が良い。英雄になんて誰もがなれるもんじゃねぇのさ。そ
 れに人殺しで英雄になったって自慢にならねぇぜ?」
「人殺しじゃねぇ!活かすための剣だろ!」
 
 
 キールの返答にしばらく考え込んだ表情を見せるトマ。トマは悩んでいた。本当
にこの少年に教えるべきなのかと。
 
 
「………そうか、なら、俺から一本でも取れたら教えてやるぜ。」
「え?」

 
 
 考え込んでいたので駄目かと思っていたキールは肩すかしをくらったかのように
呆然としていた。
 
 
「どうした?今は隙だらけだぞ?」
 
 
 トマが促すが、キールはどうして良いか分からない。
 第一、武器がないじゃないか?…そんな素朴な疑問が湧いた。
 
 
「剣は?」
「そうか。」
 
 
 トマはそういうと近くに落ちていた干し草の穂を一本拾い渡した。突然牧草の穂
を渡されて戸惑うキール。 
  
 
「これで何を…?」
 
「それがお前の剣だ。」
「え?」

「半人前の前のお前には丁度いい武器だ。」
 
 
 トマの言葉に湯気が立つ様に怒りが沸き立つ。トマは明らかに出来ないと思って
いるに違いないと思うと、絶対一本入れて目にもの見せてやると思った。
 キールは後退すると穂を持って構えた。トマはそれをちらりと片目を開いて見て、
にやりとして言った。
 
 
「ほー、構えれば様になるじゃねぇか?どれどれ、お手並み拝見と行こうか。」
「見てろよぉ!」
 
 
 トマはキールのことは意に介さないという構えで、井戸に今まで通りに寄りかか
って座り、目を閉じて口笛を吹き出した。
 キールは完全無視のトマに怒り、穂を強く握って振り上げ、振り下ろした。しか
し、キールの攻撃はトマには届かない。トマは目をつぶっているのにも関わらず、
指でひょいと穂を掴んで受け止めたのだ。キールはトマの力に驚いた。
 
 
「なんで!?!目をつぶってるのに!?」
「ハハ、お前の攻撃なんざ手に取る様にわかる。…おぉーっと、わかってねぇなぁ?」
 
 
 トマが話している隙に攻撃をしようとしたが、またしても指二本でパシリと掴ま
れてしまう。トマはニヤニヤとしていた。
 キールは負けてなるものかと必死に攻撃を繰り返した。だが、何故か全ての攻撃
がことごとくトマには読まれていた。それでも諦めずに攻撃を繰り返した。
 …もう日も沈み、辺りも闇に包まれ始めていた。
 
 
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…」
 
 
 キールは1人動き続けて息が上がる。トマは余裕の表情で口笛を吹いていたが、
突然話しかけて来た。
 
 
「ハッハッハ、どうだ穂で十分だろ?お前が木刀を使ってたら、今頃息が上がる程
 度じゃ済まねぇなぁ?」
「ハァハァ、何故、俺の、攻撃が、…わかるんだよぉ!」
「さぁな?だが、ハッキリしてるのはそれを悟られない様にしなきゃ勝てないな?
 ま、もちっと冷静にやれ。下手な振りを何度しようと当たらんからな。さてさて、
 今日の所はこんなもんだろ?帰ったらどうだ?」
「嫌だ!絶対一本取る!」
「そうか、だが、親も心配する。あと半刻だぞ。」
「おぅ!」
 
 
 トマは再び目を閉じて口笛を吹き始めた。余裕の表情だ。
 キールは冷静になろうとつとめた。風の音が聞こえる。砂まじりの風。砂嵐が近
いのだろうか?…と思うが早いか、風が舞い始める。
 砂の混じった風が目に当たって痛い。思わず目を閉じた。
 すると、…何故だかわからないが心が落ち着いた。
 
 
 
「(…英雄の歌だ。)」
 
 
 
 キールはトマの吹く口笛の音色に聴き入っていた。真っ暗な中にぼーっと光る様
なほのかな味わいのある小さな頃から知っているこの曲。いつも口煩い父だけど、
この曲を農作業の合間に吹いていたことを思い出す。懐かしい。しかし、その時キ
ールは気づいた。目だけでじゃなくても相手を知ることはできるということを。
 突然闇の中にハッキリとトマの姿が浮かび上がる。相変わらず口笛を吹いて座っ
ていた。試しに一度仕掛けてみた。
 
 
 
「ヤァ!」
 
 
 
 キールの攻撃はやはりよけられてしまった。
 しかし、キールにはそれだけで十分だった。
 
 
 
「お…。」
 
 
 
 キールの穂はトマの髪に触れていた。
 
 
 
「…わかったか?」
「…うん。なんとなく。」
「冷静さを欠いた奴は戦に勝てはしない。戦の基本は心だ。」

 
 
 
 トマはその後約束通りに基礎的な戦い方を教えた。キールはトマからの習いで街
の子ども達の中で勝てない者はいないほどに短期間で上達した。
 
 
「俺の教えられる範囲はこれまでだ。このくらいの技量があれば王宮に志願できる
 だろう。ま、せいぜい頑張れ。俺はもう街を出る。じゃぁな。」
「ありがとう!師匠。」
「あぁ。」
 
 
 
 …トマはキールの上達を見届けるとサンドリノを去っていった。
 
 
 

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