クロノプロジェクト正式連載版

9話「林檎の木の上で2」
 
 
 
「…んたを責めても意味が無いことは分かっていたよ。でも、そうでもしないと
 気が収まらなかった。堪忍しておくれ。」
「……。」

 
 林檎を拾い終わると、二人は森の木陰で話していた。乾燥した風がそよぐ。デナ
ドロ山の麓はまだ砂漠化しておらず、山から流れ出る水が山麓を潤し、豊かな森を
育んでいる。
 

「…あんたみたいな人間もいるのに…、人間って奴はなんて身勝手な生き物なんだ
 ろうねぇ。あたしらがなんで立ち上がったのかを理解せず、馬鹿げた勝利に酔い
 しれて…、また元の木阿弥だよ。」
 
 
 老婆は林檎の篭を見ながら話していた。その表情は悔しさと悲しみで歪んでいた。
辛いのだろう。涙を流さないのがせめてもの抵抗の様に見える。
 
 
「…まぁ、それはあたしらも変わらないか。
 …フフ、愚痴っぽいのは好きになれないね。
 さて、あんた、これからどうするんだい?サンドリノに行くのかい?」
 
 
 不意の問いかけにカエルは少し考えて静かに答えた。
 
 
「…あぁ、そのつもりだ。サンドリノでマルマジロを借りて砂漠を越えようと思っ
 ている。」
「あら?砂漠を越えるために寄るつもりだったんだねこれも何かの縁かしら?
 今サンドリノに入るのはおよし。あそこは普通の人間以外の者への偏見が強いか
 らねぇ、あんたみたいな蛙の姿じゃいくらなんでも無理というもんだよ。
 あたしの家は代々マルマジロ乗りの家系でねぇ。前の戦争で夫はライダー部隊に
 所属してたくらいなんだ。良かったらウチで面倒みるよ?どうだい?」
 
 
 老婆の申し出は意外だった。しかし、目的としていたことが事足りるなら良しと
考え、応諾した。だが、疑問も浮かぶ。
 
 
「それは有難い。だが、先程の話では夫が床に伏しいるんじゃなかったのか?」
 
 
 カエルの素朴な疑問に笑みを浮かべて自信たっぷりに老婆が答える。
 
 
「あぁ、乗せるのは夫じゃなくあたしだよ。これでも夫よりあたしの方が乗りこな
 しは上手なのよ!」
「そうか。なら頼む。」
 
 
 二人は合意し、カエルは老婆のあとを付いて行く。夕焼け空の下、二人はデナドロ
山のある北東に向かって歩いていた。山の麓にはまだ小さな森があり、その中にひっ
そりと老婆の家は建っていた。家は丸木で組まれた平屋で、森の中に同化している様
な雰囲気を醸し出していた。
 もう陽も暮れて辺りは真っ暗で、家の中も明かりはなく静まっている。
 
 
「はぁ、着いた。すっかり陽が暮れちまったねぇ。ここがあたしの家だよ。」
 
 
 老婆はドアを開けてカエルを招き入れる。室内は暗く見えない。老婆は杖を出し呪
文を唱えると杖の先にボッと火が浮かび上がる。その火を近くの棚に置いてあった燭
台に灯すと室内がぼうっと明るくなった。杖の火を消すと老婆は燭台を持った。
 
 
「やっと見えるようになったねぇ。さぁ、わが家へようこそ。」
 
 
 老婆は先に奥へ進み燭台の炎を次々に室内の他の燭台に灯す。居間の燭台に灯し終
えると奥の部屋に入って行った。奥の部屋には病の床に伏しているという夫がいた。
夫は静かにベッドの上で眠っていたが、家の明かりに気付き目覚める。
 
 
「………ローヤ、おかえり。」
「あらまぁ、起こしちゃったかい。ただいま。」
「…今日は随分遅かった様だね。怪我はなかったかい?」
「大丈夫だよ。それより今日はあんたの食べたがっていた林檎を貰ってきたよ。」
 
 
 老婆はそういうと腕に下げた手提げ袋から少し傷はついているが比較的綺麗なもの
を出して夫に見せた。夫は久々に見るその果実を見て物思いに耽るような面持ちだっ
た。
 
 
「………思い出すなぁ。
 昔、あの樹の上で話たもんだ。まだ実を付けていたのか。」
「…えぇ。さぁ、すぐ切ってあげるから待っててね。」
「…いや、まだいてくれ。」
「え?えぇ。何?」
 
 
 老婆が林檎を切りに行こうとすると、夫は彼女の腕を掴み、制止した。
 老婆は突然の行動に驚き顔を見た。夫は老婆の目をしかと見て話しかける。それは
何かの決意が伺える様な真剣な眼差しだった。
 
 
「…これから言うことはよく聴いて欲しい。
 俺が死んでも、それは寿命であって人間の仕業では無い。
 俺は己の生命を全うしたのだ。だから、人間を憎んではいかんぞ。」
 
「!?あんた、いきなり何を言い出すんだい!しっかりおしよ!
 あんたはまだ死ぬ時じゃないよ!」
 
「…無理を言うな。
 お前の気持ちもわからぬで無いが、俺はもう十分に生きた。満足している。お前に
 は悪いが勝手にあの世に行かせて貰うよ。
 だが、俺の唯一の気掛かりはお前の気性だ。お前は情熱的な奴だからなぁ。
 まぁ、そこに俺は惚れたのだが。ハッハッハァッッ!?」
 
 
 その時、ベッドの横の窓が突然割れ、何かが飛び込んできた。
 それはベッドに横たわり語っていた夫の胸に深々と突き刺さった。
 
 
 
 「あんた!?あんたぁぁぁぁああああ!!!!」
 
 
 
 老婆が泣き叫ぶ。
 …外では複数の人間の笑い声が聞こえる。

 
 そこにもう一本の矢が打ち込まれる。
 その矢は窓を割り老婆目掛けて放たれていた。
 
 
「タァァァアアア!!!」
 
 
 間一髪、カエルはジャンプして間に入り、剣で矢を弾き落とす。
 老婆は絶体絶命の覚悟をしていたが命拾いした。
 
 
 
「………カ…エル?……妻…を…頼みま……。」
「あんたぁぁぁあああ!アァアアアアアア………」

 
 
 
 老婆は胸から鮮血が吹き出す夫の胸元にすがりつく様に泣いていた。しかし、今は
そんな時ではなかった。
 一刻も早くここを離れる必要があった。
 
 
「泣きたい気持ちはわかるが、今はそれどころじゃない。
 夫の気持ちを無にするな!生きろ!」
「いやだ!あたしはここに残るよ!」
「残って何になる!
 死が待っているだけだ。お前の夫はお前の死を望んでなぞいない!」
 
「あんたに言われたか無いね!
 あんたは魔族の命なんぞ屁とも思って無いだろう!
 じゃなけれりゃ、あの戦争で闘うことはなかったろう!!」

 
「それは違う!
 とにかく今は口論している暇はない!
 お前の命は夫から預かった。俺はお前を必ず守る!」
 
 
 カエルはそう言うと老婆の腹を一瞬にして突き気絶させ抱える。その時窓から一斉
に火矢が射られた。炎がぼうっと燃え上がる。窓からはひっきりなしに矢が放たれて
出られそうに無い。
 居間に戻ると既に火が相当回っている。だが、その分外は手薄に思えた。カエルは
剣を天井に向けてかざし、目をつぶると呪文を唱えた。
 
 
 
「ウォータガ!!!」
 
 
 
 カエルの剣から青い輝きが放たれ部屋を青色に染める。すると部屋は一瞬にしてミ
スト状の霧が覆い火が消火される。その霧はそのまま次々と大きな水の粒になり、最
後は大量の水となって出口の戸を破り、洪水のように怒濤のごとく流れだした。
 外にいた人間達は突然の洪水に驚き散り散りに逃げ出す。カエルはその水の流れに
乗ってそのまま家を脱出した。  

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