クロノプロジェクト正式連載版

第10話「故人の証」
 
 
 エルは水の流れを得意の泳ぎで老婆を背負いながら泳ぎ続けた。
 水の流れはデナドロ山の梺の森から砂漠の入り口付近のサバナまで流れ続いた。水
の流れが途切れてからは、濡れた体を暖めるために焚火をし乾かしながら夜が明ける
のを待った。
 丁度陽が上り始める頃、老婆が眠りから覚めた。
 
 
 
「…うぅ、ここは?」
 
 
 
 辺りは一面が草と土の広がる荒野。薄暗い空が上空を覆っている。風の音が聴こえ、
いつもいる森の景色は何処にもなかった。起き上がるとそこにはカエルがいた。記憶
を辿るが、昨夜は途中の記憶で止まっていて何がなんだかわからない。
 
 
 …ただ言えることは「自分は生きている」ということだけだった。
 
 
「気が付いたか。ここはゼナン砂漠の手前といった所だろう。北西に向かえばサンド
 リノがある。」
「…そうかい。…ゲホッ!ゴホッ!!…」
「大丈夫か?ずぶ濡れになったからな…。」
 
 
 カエルはそういうと火の加減を見るために焚き火に木を焼べた。老婆は寒さに身震
いし、体をさすると呪文を唱え始める。
 
 
「ハァーーー!」
 
 
 老婆が気合いの様に呪文の最後に一声上げると、体中の水分が湯気となって蒸発し
て消えた。カエルは驚いてそれを見ていた。
 
 
「…凄いな。完全にパリパリの服だ。」
「あんたも必要かい?」
「いや、俺は水は問題無い。」
「そうかい。」
 
 
 二人はしばらく暖を取っていた。
 砂漠の空は乾燥し澄み渡っており、星空が満点に今にも零れ落ちてきそうな程広が
っている。もっとも、二人にとってはそんな星空は珍しくもないが。ただ、カエルは
久々に星空をぼんやり眺めていた。そんな時、老婆が言った。
 
 
 
「…あの後どうやって逃げたんだい?いや、この際そんなことはどうでも良いよ。
 
 
 …何故あたしを生かしたんだい。
 
 
 あの時に助けなければ、あたしはあの人と一緒にいけただろうに…。」
 
 
 
 老婆の問いに、カエルは振り向くでもなく星空を眺めながら答えた。
 
 
 
「…オレも昔似たような場面に遭遇した。相手はあなたの様な関係とは違うが…互い
 に信頼していた。だが、ある日を境にオレ達は運命を違えたんだ。その時は心底自
 分も同じ運命を辿りたかった。」
 
 
「………」
 
 
「一時は何もかも捨てて死んだように生きた。だが、それでは誰があいつが勇敢に闘
 ったことを伝えることが出来るんだろうと思ったんだ。
 死んだ奴のことは生きている奴しか伝えられない。オレは少なくとも生きていたこ
 とを伝えるために生き抜いた。」
 
 
「………」
 
 
「…別にあなたにもオレと同じように生き続けろとは言わない。ただ、証を残すべき
 人がいる。それを果たしてからでも良いんじゃないかと思うんだ。」
 
 
 カエルの言葉を静かに聞いていた老婆は、カエルが話し終えるとしばらく考え込む
様に目をつぶった。そして、目を開くとカエルの目を覗き込み、返答した。
 
 
「…あたしらの寿命は長いんだよ。この先あんたはあたしより先に死ぬだろう。それ
 でもあたしは生きなきゃだめかい?」
 
 
「………。」
 
 
 カエルは老婆の開いた目を見て、何も答える事は出来なかった。
 老婆の言う通り、魔族の中には長命な種がいると言われている。たったの20数年
を生きたに過ぎない人間の自分にはわからない、深く暗い経験を物語るのだろう。
 しかし、老婆は意外にも表情が和らいだ。意表を突く様な変化に驚くカエルに老婆
は明るく言った。
 
 
「…フ、いや、あたしらしくないね。決めたよ。あの人も生きろって言ったんだ。と
 ことん生きてあの人が生きていたことを残そうじゃないかい。これで良いんだろ?」
「…あぁ、死に急ぐよりはマシさ。死はいずれやってくる。鳥の神のお迎えが来るま
 ではな。」
 
 
 老婆とカエルは暫く朝日が昇るのを見ていた。濡れた体に夜明けの風が冷たい。
 
 
「…ところで、これからどうするね?あたしはこのままサンドリノには居れそうに無
 いからねぇ、パレポリの方からどっか違う土地に移り住むつもりだよ。
 あんたも確かパレポリに向かうんだろ?だったら一緒に付いて行っても良いね?」
 
 
 老婆の問いかけにカエルは火に木を焼べながら静かに答えた。
 
 
「あぁ。途中までなら構わない。」
「よし!そうと決まったら足を確保だね。砂漠を越える手段なら任しておいで!」
 
 
 老婆はそう言うといきなり魔法でロープを出した。ロープは先端が輪になっており、
それをぶんぶん振り回して走り始めた。その走る早さは尋常じゃなくあっという間に
彼方に見えなくなった。すると老婆の消えた方向から砂埃が舞い上がり地響きの様な
音が次第にこちらへ近付いてくる。
 カエルは何事かと剣の柄に手を添えて構えつつ待っているとそれはマルマジロの大
群だった。カエルは大きくジャンプして上空で通りすぎるの見ていると、最後尾から
老婆がロープを握り締めてぶんぶん振り回しながら追いかけていた。
 
 
 …ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…

 
ホホホホホホホホホホホホホホホ!!!!
 
「………。」
 
 
 カエルは驚きつつ着地して老婆の行動を見ていると、老婆は大群の中でも力強く速
そうなマルマジロにロープを投げた。するとロープが魔法の力でするするとマルマジ
ロを覆い動きを封じた。老婆は続けて2頭目のマルマジロも仕留めてからカエルのも
とに戻ってきた。
 
 
「キュイ!キュイー!!!」
「おだまり!あんた達はあたしの足よ!」
「キュイ!キュキューイ!」
 
 
 2頭のマルマジロには手綱が手早く取り付けられた。カエルは半ば圧倒されつつも
マルマジロを手なずける老婆の姿を見ていた。老婆は手早く作業を終えて腰に手を当
てて自信たっぷりに言った。
 
 
「ハッハー!どうだい!あたしの華麗なロープ捌きは!若い頃は疾風のローちゃん!
 て有名だったんだよ。…とはいえ、歳には勝てないね。コイツごときに魔力を使う
 とは不覚ね。修行しなきゃ。」
「…凄いもんだ。マルマジロを捕まえるのは初めて見るが、これほど迫力のあるもん
 だとは知らなかった。」
 
 
 2頭のマルマジロはいずれも立派な体格で、これなら砂漠でも無理無く越えられそ
うだと感じた。感心して見ているカエルに老婆は得意げに話す。
 
 
「そうだろ?そうだろ?マルマジロ乗りってのは自分のマルマジロを捕まえられる様
 になって一人前さ。このことに人間も魔族も関係なくてねぇ。人間でも一人でキッ
 チリ仕留めちゃう奴はあたしら魔族も尊敬してるさ。あ、そうそう、名乗り忘れて
 たね。あたしはローヤ。まぁ、魔族の中の通り名はスプリガンって名で通ってるが
 ね。どっちでも良いよ。好きなほうで呼んでおくれ。」
「わかった。ではスプリガンと呼ぼう。魔族の世界ではその通り名が一つのグレード
 の証と聴くからな。豪快な腕への敬称として呼ばせて貰う。」
 
 
 カエルの意外な言葉に老婆はヒューっと口笛を鳴らして驚いた。
 
 
「へぇ、案外結構魔族の世界を知ってるんだねぇ。驚ろいたぁ。うん、わかったよ。
 で、あんたはなんて呼ぶ?あんたにも人間の名があるんだろ?」
「あぁ。オレの名はグレンだ。だが、今まで通りにカエルで構わない。」
「おやおや良い名前じゃないかい、どうしてだい?」
「オレは今の名前を結構気に入っているんだ。最初は魔王に対する憎悪も涌いたが、
 今はそのお陰で知ったり出会ったことが山ほどある。…不思議なもんだ。」
 
 
 カエルは過去をその頭に振り返りつつ、過去となった自分の苦悩の日々が嘘の様に
軽く感じていた。時は過ぎ行き、悩むべきことではなくなっていたのだ。本当にとて
も不思議に思っていた。
 そんなカエルを知って知らずか、スプリガンは笑って言った。
 
 
「ハハハ、そうかい。わかったよ。
 じゃ、あたしはグレンと呼ばせて貰うよ。」
「おい、それじゃ…」
「ぐたぐた言わない!」
「うっ…。」
「ガキ風情があたしに口答えなんて100年早いよ。アハハ。」
「………。」
「フフ、良いじゃないか。今は人間達にカエルって呼ばれ続けているんだろ?
 …なら、あたしら魔族の仲間さ。仲間には正しい名前を使わないとね。
 …それが魔族の礼儀ってもんよ?」

 
 
 スプリガンの暖かい気遣いに、カエルも穏やかに笑って答えた。
 
 
「ハハハ、スプリガンにはかなわないな。」
「そうかい?そうかい?アハハハハハハ!!!」

 
 
 カエルとスプリガンは、その後マルマジロに乗ってゼナン砂漠を越えた。
 昼は無理をせずにゆっくり進み、夜になるとマルマジロを急がせるという繰り返し
だった。
 その間は何事もなく過ぎ去り、暇つぶしに談笑しながら進み続けた。
 
 一人旅とは違い、一人増えると話し相手も出来てカエルは時間の進み行くのを意識
せずに楽しく砂漠を越えることが出来た。

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