クロノプロジェクト正式連載版

  第14話「ティエンレン」
 
 
 
 エルとスプリガンは人目に付かない船倉にいた。
 カエルを自由にさせておける空間が、この船ではここくらいだからだった。
 
 小窓から見える船の外は夜だった。月明かりと船から漏れる光が海面に反射しほの
かに波の動きが見える。海は凪ており、とても穏やかだ。そのおかげで揺れも少なく
とても快適な航海と言える。
 
 スプリガンはまだ女剣士の変身のままだ。彼女は壁に寄りかかって、小窓から夜の
闇を見ながら考え事をしていた。
 カエルは相棒であるグランドリオンの手入れをしていたが、丁度作業も終わったの
で彼女に話しかける。
 
 
「…聞いてもいいか?」

 
 
 スプリガンは問いかけに、顔を向け返答する。
 
 
「何だい?」
「…オレと初めて出合った時、人間に襲われていただろう?あの時どうして変身して
 闘わなかったんだ?」
 
 
 カエルの疑問は当然だった。
 変身すれば自分と互角に戦えるスプリガンが、何故あの時戦わなかったのか?これ
は常に頭の隅にあった。
 その疑問に対してスプリガンは、再び船倉の小窓から外の闇の海を見ながら静かに
言った。
 
 
「…あたしの夫を見ただろう?」
 
「あぁ。」
 
「あの人は魔族の中でも最も人間に近い種、ジャリーだ。人間との違いはハッキリ言
 えば肌の色と微量の魔力くらいのもんさ。だから、あの人の人生は人間の一生のペ
 ースと変わらないのさ。…だけど、あたしは彼より長生きが出来る魔力の強い種、
 ティエンレン。
 彼とあたしの時間には限りがあり、そしていつか終わりが来ることがわかっていた
 のさ。」
 
「………。」
 
 
 寿命の違い、それは愛する人間を幾度となく見送ることを意味していた。
 カエルは自分がもしスプリガンの立場だったらと想像したが…それはあまりにも過
酷なものがあった。
 スプリガンの話は続く。
 
 
「あたしはさ、あの人と結婚すると決めた時、あの人と人生を共にするために、全て
 をあの人と同じペースで生活することに決めたのさ。
  魔力も多用しないで人間と同じように暮らすことは大変だけど…、長命種の魔族
 の人生というのは間延びしやすいもんだからね。…あたしにとっても、彼との生活
 のために決めた術を使わない生活は、有意義な誓いだったのさ。」
 
 
 スプリガンはそう話しをしながら、過去に出会った頃の夫を思い出していた。
 
 林檎の木の上で彼女は夫に出会った。
 まだ若い夫…その顔は今も忘れない。
 殺伐とした世の中にありながら、彼は陽気に木の上で昼寝を楽しむ誰が見ても変わ
った男だった。
 当時の彼女からすれば、その存在はとても異質であり、そして、自分にはない自由
な姿に興味が湧いたものだ。
 
 先の大戦中も常に二人で乗り切って来た。
 彼はとても頭の回る男で、魔力こそ低いがその知恵は彼女の危機を幾度となく救っ
た。スプリガンも持ち前の強い魔力を活かして、夫の危機を助けもした。二人は持ち
つ持たれつ互いを支えあい、共に戦い抜いた。
 
 次第にそれが絆から愛に変わるのはそう長くかからなかった。
 だが、二人には決定的に違うものがあった。
 
 
 それは、時間。
 

 スプリガンは自分の血を呪ったものだった。だが、夫はそんな自分を受け止めてく
れた。それは今までに感じたことの無い深い愛情。埋められない溝は…超えられると
思っていた。
 
 
「…そうか。」
「…本当はね、あたしも夫が死んだら後を追う覚悟もあったんだよ。でもさ、夫はそ
 れに気付いていたんだね。照れて人間を噛ませていたけど、あの人はあたしの本心
 を見抜いていたのさ。」
 
 スプリガンが外を見ながら若干微笑んでいた様に見えた。そんなスプリガンにカエ
ルは珍しく皮肉を言った。
 
 
「………今からでも遅くはないが?」
 
 
 その言葉に思わずカエルの方を向いて笑うスプリガン。
 
 
「ククク、馬鹿を言いなさんな。あんたがあたしに生きろと力説したんだろ?そう簡
 単にくたばってたまるもんかい!
 ハハハ、…でもグレン、あんたの言うことはわかるつもりだよ。命の長短は関係無
 いとつくづく感じたよ。」
「フ、煽てても何も出んぞ。」
「やだねぇ、誰が期待するかい。ハハァ!昼間のことを根に持ってるんじゃないだろ
 うねぇ?」
 
 スプリガンはそういうと腕組みをして疑惑の眼差しを向ける。そんなスプリガンに
対してにやりとしつつ言った。
 
「…根に持ってないと言えば嘘になるな。」
「アハハ、そんな心の狭いこと言いなさんな。ま、無事に生きてこれたのだから結果
 オーライだよ。そだろ?」
「そうじゃないと言ったら?」
「生意気なガキだねぇ。」
 
 
 二人は暫く笑っていた。話も切れが良い所でカエルは問う。
 
 
「スプリガンはこの先どうするんだ?」
「そうねぇ、名残惜しいけど、チョラスでお別れさせて貰うよ。」
「そうか。寂しくなるな。」
「あらあら、なら、おばちゃんがついててあげようか?」
「…遠慮する。」
「アハハ、言ってみただけだよ。」
 
 
 二人はその後、丁度眠気も降りて来たのでそのまま眠りについた。それから数日後、
船は無事に何事もなくチョラス港に付いた。
 チョラス港に降り立った二人は、街から出るまではスプリガンが女剣士の姿のまま
カエルの両手を結んだロープを引っぱる格好で歩き、街から出た所で別れることにし
た。
 
 スプリガンが魔法で変身を解くと、一緒にロープも消えた。
 カエルは手を払って自分の自由を確かめた。
 
 
「ふぅ、やっと自由になれたぜ。」
「もう、ここまでくれば大丈夫だろう。
 さてさて、あたしはここでお別れさせて貰うよ。」
 
 
 スプリガンの別れの言葉に、カエルは突然ガッツポーズで言った。

 
「旅の無事を祈ってるぜ!」 
 
 
 突然のカエルの勢いに驚くが、スプリガンもそれに威勢良く自らもガッツポーズを
を決めて返答する。
 
 
「おぅ!あたしもあんたの無事を祈ってるよ!」
 
 
 二人の表情は別れであるにもかかわらずにこやかだった。
 
「…またな。」
「あぁ、いつか。」

 
 
 二人はそれぞれの道を歩き出した。

 

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