クロノプロジェクト正式連載版

第52話「トルース」
 
 
 
 に出たシズクは、トルース駅近くのショッピングモールに来ていた。
そこでは沢山の店が建ち並び、お洒落に着飾った貴婦人や紳士、若者たちであふれて
いた。物で溢れ豊かな生活を思わせる人々の姿は、ファッションの流行という形で表
れる。今の時代に合わせた新しい装いが待ちを埋め、かつてのトルースとは雰囲気の
違う、良くも悪くも世界の時は進んだ事が伝わってくる姿がある。
 
 シズクは考えていた。
 
 懐かしくも有り、苦くも有る街並み。世界が変わり、時代が動き、確かに自分の知
る世界の一端がこの世界を形成し、今も進み続けていることを。
 それは人々の笑みに見て取れる現実。自分の中にうずくまる感情などはお構いなし
に、世界は確かにこの時代を愛しているのだった。
 だが何故かほほ笑ましかった。そんなことを考えるなんて自分の柄でもないとも思
った。どんな記憶もすでに過去のものだった。たとえ遡れる力が自分に有るといって
も、それは自分の生きている世界ではない。他の誰かが自分という姿を持って歩いて
行く時、単に笑っているかの違いでしかないのだ。
 しかし、そんなことをわかりつつ、まだわからない自分がおり、そして、この街並
みが見せる微笑みを素直に喜びたい気持ちもまたあった。
 
 彼女は服屋に入った。看板にはトルーシアンの為のトラベル&カジュアルのショッ
プ・ディアナとあった。
 
 
 
「う〜ん、これは地味過ぎるかしらねぇ。でも、こっちはちょっと目立つのよねぇ…
 う〜ん。ぶつぶつ…」
 
 
 店の中に入った彼女は店内を見回した。店は二階建てで、入り口が中二階の様な高
さにあり、上と下の階が入ってすぐに一望出来る。一階にはカジュアル系の服が、二
階には旅行用グッズが並んでいた。
 シズクはその中の旅行用グッズフロアで服を見ていた。カジュアル向けと違い、こ
こで扱う服は上質で長旅に耐える様々な工夫がなされた加工が施されており、自分達
の様な旅人に最適な服と言えた。
 
 
「お客さま、何かお手伝い致しましょうか?」
 
 
 背後から女性の店員が寄ってくる。年の頃30代だろうか。ブラウンの長い髪にヘ
ーゼルの目という典型的ガルディア人の顔だ。
 
 
「あ、う〜ん、丈夫で地味な服が欲しいのよぉ。」
「丈夫で地味…ですか?あ、色目がおとなしめのものをお探しなんですね?それでし
 たら、こちらなんかどうでしょう?」
 
 
 店員が一着の女性用の服を差し出す。その服は薄い桃色に染められたワンピースの
様な服だ。
 
 
「これは?」
「こちらの服はロングヘアまるまじろの毛を使用した丈夫なものですから、そう簡単
 には綻びませんよ。この時期には高い保温性能を、暑い時期に入りましたら高い通
 気性能を持ち、旅行には最適の素材となっております。」
「まぁ、私旅行しているのよ。ならぴったりね。ロングヘア…!それ、男用もある?」
「えぇ、ございますよ。こちらへ。」
 
 
 店員が男性用の服のコーナーを案内する。底にはサイズの大きな寒色系の男性用の
服が沢山並んでいた。その中から一着服を出して来た。ブルーグリーンの光沢のある
ジャケットで、右の袖の辺りに何やら丸いくぼみのあるプレートが付いている。
 
 
「これなんか如何ですか?男性用のためにグリッドバンクも多めに作られています。
 フル性能を利用するには相応の才能は必要ですが、動き易くとても人気が有ります
 よ?」
 
 
※グリッドバンク
 「エレメント」を装着する型。能力者に合わせて数が自動で増減する。

 
 
「凄いわねぇ。これは確かに何人か着ているの見たわ!でも、トルースはそんなに才
 能のある人がいるの?」
「う〜ん、私にはわかりかねますが、憧れもあるのではないかと思います。お客さま
 は旅の方ですからお分かりにならないのかもしれませんが、今のトルースはメディ
 ーナとの交易で多くのメディーナ人が来ますし、フィオナ人もやってきます。
  魔族の方々はこの手の服を着こなしている方が多いですから、若い方には憧れて
 いる方も多いようですよ。」
「そう、ありがとう。じゃ、コレとさっきのアレを一着頂くわ。」
「有り難うございます。」
 
 
 シズクは服屋をあとにした。
 
 
 クロノはホテル1階にあるバーにいた。
 カウンターの席に座りビールを頼む。マスターは軽やかにビールをジョッキに注ぎ、
クロノの前に置いた。
 
 
「お客さん、真っ昼間からですか。」
「ここは飲む所じゃないのか?」
「そうですね。当店は24時間営業ですから、いつでもお客様のお越しをお待ちして
 おりますよ。」
 
 
 クロノはジョッキを持ちグビグビとビールを飲む。
 3分の1ほど飲んでジョッキを置いた。懐かしい味がする。トルースのエールビー
ルは名物でもある。
 
 ビールの歴史は元々はサンドリノ王朝時代まで遡る。乾燥帯に位置するサンドリノ
も当時はステップがまだ多かった。サンドリノの南東に位置するオアシス地域で栽培
された麦は乾燥した気候のため、通気の良いあばら屋の様な倉庫に保管されていた。
 滅多に雨が降らないゼナン砂漠だが珍しく雨が降る事が有った。それは何十年に一
度有るか無いかという奇跡的な雨だが、その雨によって麦が濡れ、運悪く発芽してし
まった。穀物である麦が発芽してしまっては加工し食品に変える事は出来ない。
 しかし、そのまま腐らせてしまうには貴重な食料であり勿体ない。そこで彼らはそ
の芽を仕方なく摘み取り、煮込んで粥の様にし食べたことに端を発する。思ったより
食べられるとわかった当時の人々は、その後、その粥を改良し、様々な偶然を経てビ
ールという食品になった。
 その後、王朝はトルースに移り、品種改良や食味改良が長い時間をかけて進められ
た結果、現在のトルースエールビールとして完成に至った。
 
 ビールの種類や嗜好は地域によって違い、パレポリではラガーが主流となっている。
今では各地に技術が伝播し改良が加えられた結果、世界各地に沢山の地ビールとして
根付き人々に愛されている。
 
 
「プハー。あー、オレはこの街に随分昔に来た事が有るんだが、今のここはどうなっ
 てんだ?随分変わって驚いたぜ。」
「御出身はどちらで?」
「出身か?チョラスだぜ。」
「チョラスからはるばるこちらへ?それはお疲れになったでしょう。しかし、また大
 変ですね。お仕事で?」
 
 
 クロノはマスターの言葉に照れて、頭を掻きながら微笑んで言った。
 
 
「いや、…新婚旅行なんだ。ハハハ。」
「おぉ、そうでしたか!おめでとうございます。ん?おや、奥様とは…もしや?」
「ははは、大丈夫だぜ。ただ、長旅で疲れたらしく具合が悪いらしいんだ。だから少
 し休憩もかねてここに泊まる事にしたんだ。」
「おぉ、それは大変ですね。しかし、ここの料理長の料理を食べれば、きっと奥様も
 元気になられることでしょう。」
「へぇ〜、そんなに旨いのか?」
 
 
 クロノの問い掛けに、マスターはグラスを拭きながら目を細めて微笑んで言った。
 
 
「それはもう!元王宮料理長までされたほどの超一流のシェフが、世界でも最高級の
 腕で作るのですから間違い有りませんよ!」
「そうか、楽しみだなぁ。しかし、世の中物騒になったなぁ。町中至る所に兵隊がい
 て、冷たくていけねぇな。」
「…お客さんはご存じない様ですが、あまり連邦の話はされない方が良いかと。」
「あ?わりーわりー。」
 
 
 クロノは再度グラスを持って飲み始めた。
 するとマスターが静かに話だした。
 
 
「…以前はもっと厳しかった時期もありましたが、今はかなりこの辺は緩やかになり
 ました。しかし、中心街を離れた旧市街となると…」
「…旧市街?昔のトルースということか?」
「えぇ。ここトルースは連邦領になってからは沿岸部が大きく発展しました。しかし、
 内陸部にあった中心街は発展から取り残された形で温存されてしまいまして…」
「…そうか。」
 
 
 クロノは旧市街として今も過去のトルースが残っているということに内心で驚いて
いた。しかし、表情には出さずビールを飲んだ。
 マスターは続ける。
 
 
「旧市街には近付かないのが身の為ですよ。あそこに行けばいくらパレポリ領民でも
 身の保証はないですからね。」
「へ〜、旧市街の人々はどうやって暮らしているんだ?」
「働き口はあります。トルース山でエレメントストーンの鉱脈が見つかりましてね。
 そこで。」
「はは、…辛そうだな。」
「えぇ。しかし、世の中には下があるもので、そうわがままは言ってられませんよ。」
「…そうだな。有り難いこった。」
 
 
 そう言うと、二人は苦笑いした。
 クロノが一気にジョッキを飲み干す。
 
 
「御馳走様。マスター。」
 
 
 クロノはカウンターにお金を置くと、バーを出て行った。
 
 
「有難うございました。またのお越しを。」

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