クロノプロジェクト正式連載版

 第51話「交渉」
 
 
 なりに歩いているとトルース港が一望できるとても良い小高い丘の道に入った。
海岸側には建物がなく洒落た柵が囲み、山側には様々なショップが立ち並び多くの人
がその通りを行き来していた。
 人種は様々で、明らかに魔族と思われる顔の家族連れが歩いているかと思えば、普
通の人間もいる。話している言葉も様々で、クロノには全くわからない言葉で話して
いる人もいれば、パレポリ訛りのガルディア語を話している人もいた。
 以前のトルースにはトルースの地元民以外の行き来は確かに有ったが、それでも限
られた商人など比較的選ばれた人間達しかいなかった。だが、今のトルースにはそん
な区別もなく多くの地域からやってきているであろう人々が普通に当たり前に歩いて
いる。
 街は明るい笑顔と活気であふれ、雑多な喧騒の中に熱い力を感じる。これが本当に
自分のかつて生きたガルディアなのか?…思い出されるのはあの男の言葉だった。
 
 
 
『…我々は長い間ガルディアが独占してきた富を返してもらいに来たのだ。』
 
 
 
 つまり、これが男の言った言葉を反映しているのだろうか?…この様な街の姿を見
てしまうと、正直に判断しかねていた。
 クロノがそんなことを考えながら歩いていると、シズクが不意に尋ねた。
 
 
「えーと、お金はあとどのくらいあるの?」
 
 
 クロノは懐に入っている財布をとり出して見た。
 
 
「100G金貨が14枚と50G銀貨が1枚、10G銅貨が4枚と1G銅貨が5枚だ。」
「全部で1495Gね。それだけあるなら余裕を持って動けそうね。じゃ、とりあえ
 ず今日は休みましょう。マールも疲れているようだし。」
 
 
 そういってシズクがマールを見た。確かにマールはどことなく顔色が悪い。暑くも
無いのに額に汗がにじんでいる。
 
 
「私は大丈夫よ。」
「ううん。顔色が良くないわ。この先どのくらいで戻れるかわからないんだから、休
 める時に休んだ方が良いわ。クロノも良いわね?」
 
 
 クロノは頷き同意した。
 
 
 
「あぁ、そうしよう。」
 
 
 
 
 3人はそのまましばらく歩き、ステーション近くの宿へ向かって歩いた。ホテルが
沢山林立しているホテル街のあるトルース駅より南の港湾地区は、沢山の観光客らし
い人でいっぱいだった。
 
 
 
 
「なにこれ?どうなっちゃってるわけ?」
「旅行で来てるみたいだな。」
「とにかく、私達も何処かに入りましょう。」

 
 
 
 シズクは今後のことも考えて安い宿に決めた。しかし、いざ交渉のために入ると満
室ということで断られた。少しずつグレードを上げて行くが、何処も満杯で入れない
という答えばかりだった。
 
 
「参ったわねぇ。最後のここ…さすがに5つ星だけあって、安旅行の観光客は入り難
 いわよね。」
「………はは。」
「ここもダメかなぁ?」
 
 
 玄関には噴水が並び、入り口の壁面には滝が流れていた。美しい植木と鋭角的カッ
トで整えられた構造物が、今までのホテルには無い高級感を漂わせていた。
 ロビーは吹き抜けで、中央の待ち合いの広場にはグランドピアノが置かれたステー
ジがあり、そこでギターとの協奏曲が静かに演奏されていた。
 とりあえずフロントへ交渉に行く3人。
 
 
「いらっしゃいませ。ようこそ当ホテルへ。」
 
 
 フロントのボーイが挨拶をした。
 シズクがそれに答える。
 
 
「あの、空きはあります?」
「えー、失礼ですがどのようなお部屋をお求めでしょうか?」
「なんか、今、その辺のホテルを片っ端から当たったんだけど、全く空いてないのよ。
 お宅も同じ状況かしら?」
 
 
 シズクの問いかけに、他同様に困った表情をしながら答えた。
 
 
「えぇ、お客さまのご予算にも寄りますが…ご予算に余裕がございませんでしたら…
 当館も他と同じですねぇ。申し訳有りません。」
「予算に余裕があればということだけど、どの程度のグレードが空いているのかしら?」
「お客さまが低いグレードのお部屋をお求めでしたら、既に予約も満室状態でして、
 …今はスイートが一つキャンセルが入りまして、空いております。」
「スイートだけ?う〜ん、考えちゃうなぁ。どうする?」
「…俺は別に野宿でも構わないぜ。」
「う〜ん、私は…野宿よりはホテルが良いかも。」
 
 
 3人が悩んでいる時、横に新しく魔族の老夫婦らしいペアが現れた。男は初老程の
年齢だろうか、やり手の経営者という身形(みなり)をしており、裕福であることは
間違いなさそうだ。妻と思われる女性の方は、黒いロングの鈍い美しい輝きをもった
毛皮のコートを羽織り、黒いイブニングドレスに金のブローチをさりげなく着飾って
いて、とても品の良い雰囲気が漂っていた。
 夫がフロントボーイに問う。
 
 
「部屋は有るかね?」
「ございますが、今はスイ−ト一室のみとなっております。宜しいでしょうか?」
 
 
 ホテル側の回答に、男性は妻と思われる女性に聞いた。
 
 
「どうする?母さん」
「良いんじゃない。」
「いくらだね?」

 
 
 どうやら彼らにはさして価格は関係ない様で、交渉がまとまろうとしていた。それ
を見てシズクが慌てて声を上げる。
 
 
「ちょっと待って!私達が先に受け付けしているのよ!」
「え、あの、しかし、お客様の予算は…?」
「出すわ!それくらいのお金!買った!」
「では、こちらにサインを。」
 
 
 シズクはさっさとサインを書いた。
 
 
「有り難うございます。お支払いはチェックアウトの時に宜しくお願い致します。で
 は、部屋を案内させますのでお待ちください。こちらはお客様の契約控えとなりま
 す。お受け取り下さい。」
 
 
 シズクは控えを受け取った。さり気なく契約内容を見てドキっとするシズク。間も
なくベルボーイがやって来て、3階にあるスイートフロアに案内された。
 
 
「こちらがお客さまのお部屋でございます。では、ごゆっくりお寛ぎ下さい。何か有
 りましたら外に待機しておりますので、こちらのベルを鳴らしてください。私はこ
 れにて失礼致します。」
 
 
 ボーイはシズクにベルを手渡すと、礼儀正しく部屋を出て行った。
 
 
 部屋は宿の3階の奥で、海岸沿いの丘陵地帯に新造された街だけあって見晴しが良
く、南側のバルコニーから見える景色はトルース湾全体が見渡せるまさに絶景だった。
 

「さっきは凄かったね!シズク!」
「さすがだな。勉強になった。」
「…ハハハ。」

 
 
 2人の感心振りに、シズクは空笑いするしかなかった。
 そんな彼女へマールが最も聞かれたく無い問いかけをした。
 
 
「ところで、ここっていくらだったの?」
「う〜んとねぇ。…1000Gほどかしら。」
「そう、1000G。安いのね〜、私高いって言うからてっきり一万Gかと思ったわ。」
「1000G…おい、安いのか?それって?」
「え?高いかしら?」
 
 
 マールの明るい言葉にクロノがやれやれと思いつつ言った。
 
 
「俺達がいつも泊まっていた部屋ってせいぜい30Gだぞ。」
「あら、凄く安い!そんなに安かったの?知らなかったぁ。」
「なら、わかるだろ?相場が。」
「え?う〜ん、まぁ、良いじゃない?済んだことだもの。」

 
 
 マールがニッコリ微笑んだ。シズクが引きつりつつもマールにあわせて笑いながら
言った。
 
 
ハハ、ハハハハ、ま、マールもああ言っているんだから、良いじゃない?
 ね?ね?
「あぁ。でも、今後の事を考えると少し厳しくないか?」
「もう、そんな!男なんだから細かい事は気にしない気にしない!
 ゆっくりここを楽しめばいいことよ!ホホホ。」

「そっか?ま、んじゃ休もうぜ。」
 
 
 クロノはマールを部屋のベッドに座らせる。

 
 
「もう、大丈夫よ。私は本当に平気だから。気を使わないで。」
 
 
 二人の気遣いに遠慮するマールに、シズクがずばり言った。
 
 
ダメ!普通じゃないよ、マールの顔色。私は医者じゃないけどその顔は普通じゃ無
 い事はわかるわ!良い?もしも私達に迷惑を掛けまいと頑張っているならやめてね?
 途中で倒れられたりした方がよっぽど迷惑なんだから。」
シズクきびし〜。フフ、そうね。確かにその通りね。分かったわ。」
「そう、そうしてくれると助かるわ。じゃ、私は少しこの街のことを調べてくるから、
 クロノはちゃんとマールのことを見ていてあげるのよ?良いわね?
 
 
 シズクの言葉に、クロノはこの時代に一人で大丈夫なのかと心配になった。
 
 
「お、おい、1人で大丈夫なのか?」
「あら?心配してくれるの?嬉しい。フフ、でも大丈夫よ。
 私は違う時代への旅は慣れているんだから。」

 
 
 そう言うとシズクは部屋を出て行った。クロノはマールの向かいにあるもう一つの
ベッドに腰掛けた。
 
 
「大丈夫か?本当に顔色悪いぞ。」
「…うん、ホントはちょっと辛い。」
「気付いてやれず、…すまない。」

 
 
 マールの言葉にクロノはベッドを立ち、マールの足下にしゃがみ顔を彼女の膝に埋
めた。マールがそんなクロノの頭を優しくなでて言った。
 
 
「ううん。良いの。クロノがいなかったら、ここまで…たぶん、生きて来れなかった
 もの。」
「……とにかく戻らないとな。こんな歴史も元の時代からやり直せばきっと平和を保
 てるはずだ。」
「うん。…みんなを助けないといけないもんね。…お父様もきっと何処かで待ってい
 てくれるよね。」
 
 
 クロノは彼女の膝に手を置き顔を上げた。
 
 
「あぁ。きっとみんな無事さ。だから、俺達も無事に戻らないとな。そのためにも横
 になって休んでいろよ。シズクの言う通り、これからの為にも元気に旅を続けよう
 ぜ。」
「…えぇ。」
 
 
 クロノは彼女の靴を脱がせ、足を布団の中に入れ横になるよう促した。マールはそ
れに従い布団をかぶり目を閉じた。その後は何も会話は無く、暫く眠るまでクロノは
近くの長椅子に座っていた。
 
 
 彼女が寝息を立てた頃、額にキスをすると部屋を出て行った。
 

--------------------------------------------------------------------------------------------------

 前回  トップ  次回

--------------------------------------------------------------------------------------------------

 お読み頂きありがとうございます。
 拙い文章ですが、いかがでしたでしょうか?
 
 宜しければ是非感想を頂けると有り難いです。励ましのお便りだと有り難いです
が、ご意見などでも結構です。今後の制作に役立てて行ければと考えております。
 返信はすぐにはできませんが、なるべくしたいとは思っておりますのでお気軽に
是非是非お寄せ頂ければと思います。

 感想の投稿は以下の2つの方法で!
 
 感想掲示板に書き込む    感想を直接メールする
 
 その他にも「署名応援」もできます。詳しくは以下のページへ。
 
 …応援署名案内へ
 
 今後ともクロノプロジェクトを宜しくお願いします。m(__)m