クロノプロジェクト正式連載版

第74話「1ダース」
 
 
 一先ず生存者を集めルッカハウスに集まったクロノ達は、取り戻せない損失
の大きさと、後の無い現状に暗澹たるものを感じていた。
 
 
「トーヤ…」
 
 
 ナリヤは深く哀しんでいた。
 多くの子供達を育てているとはいえ、実の息子トーヤをさらわれたことはショック
が大きかった。
 フォルスが無言で俯いて寄り添っていた。
 
 
「あの道化師女は一体何者なんだ?」
 
 
 クロノがピエールに尋ねる。
 彼は眉間に皺を寄せて考え込んで話しはじめる。
 
 
「…わしにもさっぱりわかりません。ただ、彼女は黒装束を纏い、ディアの名も口に
 していた所を見ると、…陸軍将軍ノイアの直属部隊『黒薔薇』かと。」
「黒薔薇?そいつらはどういう奴等なんだ?あの魔力といい、尋常じゃ無い。」
 
 
 ピエールは過去の記憶を掘り起こすように話し始めた。それは20年という昔の話
だった。
 
 
「黒薔薇はディアの護衛をする付き人達の様ですが、その力は確かに半端じゃ無いと
 伝え聞いております。過去にはメディーナとの同盟協定を結ぶ際に、メディーナ南
 部沿岸、メイザースハーバーで起こった戦闘…世に言う『襲撃外交』で、彼等の部
 隊だけでメディーナ軍と互角に戦ったと聞き及んでいます。
  戦闘は引き分けて外交によって終焉を迎えましたが、メディーナはその力を思い
 知り、同盟に同意したと言われています。」
 
 
 襲撃外交とは、王国歴1005年のガルディア占領までに至る、パレポリ軍による
世界各地との同盟締結時に行われた先制攻撃行為の事を意味し、当時のメディーナも
ガルディア同様に1004年の共和国建国宣言直後に襲撃されており、南部において
激しい戦闘になったことが記録されている。
 それ以前にもチョラスの信託自治領化などという形で爪跡を残しており、世界がパ
レポリ中心になった流れの中で、強く負の記憶として刻まれている。
 
 
「…そうか。でも、それは裏を返せばメディーナの力が強かったから、パレポリが折
 れたともとれないか。」
「それは、確かに。」
「なら、全く歯が立たない敵ってわけでも無さそうだな。」
「しかし、敵は先程の一人とは限りませんぞ。」
「あぁ、でも、メディーナには勝てなかったんだよな。なら、メディーナがどう勝っ
 たかが分かれば、少しは勝機があるだろ?ま、どちらにしろ、俺には時間がない。」
 
 
 クロノはそう言うと立ち上がった。
 そんな彼にピエールが止めようと声をかける。
 
 
「クロノ殿、焦らずに皆の準備が整うまでお待ちを…。」
「いや、それは駄目だ。もう奴等は有余を与えはしないだろう。俺が行かなければ、
 十中八九奴等は一気に畳み掛けてくるはずだ。」
 
 
 そこに黙って椅子に座って聴いていたシズクが割り込んだ。
 
 
「…そうね。クロノの言う通りだわ。何のためにマールをさらったのかわかる?そし
 て今回の早い行動。皆、クロノを誘っているとしか思えないわ。あなたが行かない
 限り、ここの皆はどの道全滅しかない。」
「んだとぉ!!!!」
 
 
 シズクの冷たい発言に、フォルスが大声を上げて怒鳴る。しかし、彼女はその怒声
にも平然とした顔で言った。
 
 
「事実じゃないかしら?仲間は負傷して領域も大幅に減ってしまった。力もない。
 …打つ手無いじゃない?」
「…くそぉ。」
「いや、打つ手ならあるよ?」
 
 
 突然新たな声が割り込む。
 そこに現れたのはブランカだった。
 全員の耳目が集中する。
 
 
「どういうことだ?」
「決まってるじゃないかぁ〜?コ・レ・さ!
 
 
 そう言ってブランカが手に持っているものを強調した。彼の手には銀色の腕輪があ
った。不思議そうに見ているクロノとは違い、周囲は顔が綻んでいた。
 フォルスが彼の近くにより、彼の持つ腕輪を見て言った。
 
 
「まさか、できたのか!?」
その通り!このブランカが精魂込めて作り上げたこのリストガンさえ有れば!
 エレメントに頼らずにどかどか魔法が打ち込めるって寸法さ!」
「でかした!!!」
 
 
 フォルスはブランカの背中をパンパン叩く。
 ブランカは突然叩かれてむせながら、言った。
 
 
ゲホッゲホッ…とっ、というわけで、これをはめて戦えば奴らの武器なんて、
 チョロイチョロイ!
 
 
 そう言うとブランカは腰に手を当ててどうだと言わんばかりに自信満々の笑みを見
せた。そんな頼もしい彼に、フォルスは期待に目を輝かせて尋ねる。
 
 
「で、それは何個できてるんだ?」
「お、よくぞ聴いてくれました!今は1ダースだ!
 
 
 フォルスの表情が凍る。
 …ブランカの発言は一瞬にして場の空気を凍結させるに十分だった。
 
 
「…1ダースって12個しかないのか?
 そんなんじゃ返り打ちに合うだろうが!
「いや、今量産してるからそんなに怒んなくても…。」
「そんな少しでどうやって戦えってんだ!今一番大切な時に!
 
 
 フォルスの落胆は特に大きかったようで、ブランカに掴みかかって離さない。
 困った表情のブランカにクロノが尋ねた。
 
 
「なぁ、リストガンってのはどういうものなんだ?」

 
 
 ブランカは助け船と目を輝かせてフォルスの手を離すと、クロノの問いに答えた。
 
 
よくぞ聴いてくれました!えー、これはですねぇ、体内の魔力を活性
 化するES活性装置を使って……<中略>
 
 
 ブランカの話はこう続いた。
 体内の血液に微弱な先天属性の反属性波を送る事で、装着者の体内魔力が活性化し
て魔力が上昇するという。それによって装着者は魔力を魔族同様に使うことができる
レベルに到達するらしい。しかし、使える量は魔族と一緒とはいかない。
 そこで彼はその問題に対処するためにエレメントの構造を取り入れ、自然界から魔
力を吸収し充填する機構を組み込みんだという。これによって少ない魔力でも多くの
魔法を省エネルギーでバンバン打ち込める様になるらしい。
 
★CP専門用語「リストガン」について
 リストガンはブランカの発明した、いわばゴールドピアスの様な感覚を持ったアク
セサリーアイテムです。ゴールドピアスと違う点は、全く魔力を持たないに等しい人
間にも魔法を使えるようにすること。
 素材は金属製の腕輪で、装着すると装着者の腕にフィットするように締まる。

 
 
「……という、とても素晴らしい発明なのです!!!
「う〜ん、それって俺がはめた場合は?」
え?あ、そうですね。これは魔法の使えない人を前提に作りましたが、使える方が
 使えば………、より省エネで強力な魔法を打ち込むことができるのではないかと?」
 
 
 クロノは彼の最後の言葉に目を輝かせて言った。
 
 
「よし!これ貰った!」
「へ?」
 
 
 クロノは彼からリストガンを受け取るとすぐにはめた。すると自然に緩やかに腕に
馴染むようにフィットして装着された。装着すると不思議なことに、何となく体の感
覚が軽くなった様にも感じた。
 
 
すげぇ、なんか付けたら違うぞこれ!でも、コイツがあればディアが
 現れても屁でもねぇ気がする!シズク!行くぜ!!
「はいな!」
 
 
 シズクはそう言うと立ち上がってブランカに駆け寄った。ブランカは手持ちの1ダ
ース分の入った袋から1つとり出してシズクに渡した。それを見てフォルスが慌てて
立ち上がる。それにつられるようにナリヤも。
 
 
「ちょっと待て!…俺も行く!」
「私も!」

 
 
 若者達が急ぐ様を見て、ピエールが大声で言った。
 
 
「待たんか!」
 
 
 突然の大声に驚く皆に対し、彼は溜め息を一息吐くと言った。
 
 
「若さとはのぅ。全く困ったものだ。まぁ、早まるな。みんなの意志は分かった。皆
 が戦うならば、お前達だけを行かせはしない。…ワシも戦う。だが、我らだけでは
 難しい。」
「…どうするというんだ?」
 
 
 彼の言葉にフォルスは目をぱちくりしながら尋ねた。ピエールはフォルスの問いに
杖を突き立ち上がると話始めた。
 
 
「潰れかけた他の集落の者達にも協力して貰おう。そのためにはこのリストガンとや
 らを配らねばならない。そこでワシとブランカが南部の村に行く。フォルスとナリ
 ヤは北部の村に行きなさい。」
「わかった!」
 
 
 フォルスがすぐに同意すると、ブランカからリストガンをもらい受けようとする。
しかし、再度ピエールが制止した。
 
 
待ちなさいフォルス!まだ話は終わっていない。」
 
 
 フォルスはピエールの言葉に渋々手を止める。
 
 
ふぅ、して、続きだが、クロノ殿達には大変申し訳ないですが、中央の激戦地域
 の集落へ行ってくれませぬか?」
おい!何故一番大変な場所をクロノ達に押し付けるんだよ!」
「…ならば、お前は正面切ってゲルディを叩けると思っておるのか?」
 
 
 ピエールの鋭い視線がフォルスを突き刺す。
 その目は逆らうことを許さない。
 
 
「…それは、…やってみなけりゃわからねぇだろ。」
「その言葉は我らがもう少し余裕が有る時に言うべき言葉。今は少しでも不可能は排
 除すべき時。その様なことはわかっておるな?」
「……あぁ。」
 
 
 フォルスは返す言葉も無かった。確かに自分の無力さは実感していた。
 先程のゲルディの戦いですら、相手にしてみれば軽くあしらって少女を助けられる
ほどの余裕があったのだ。そんな自分が確かに正面突破を切れるほどの力が無い事は
明らかであると同時に、唯一それが可能なのが少女を倒す事ができたクロノ以外には
無い事も明らかだった。
 そこにフォルスの気持ちを案じ、ナリヤが言った。
 
 
「…でも、裏を書いて私達に攻撃を仕掛けてくることはないのかしら?戦力的にはあ
 ちらが有利。そして、戦術的にクロノと正面に戦うのは消耗するだけだと思うから
 得策とは思えないわ。」
 
 
 ナリヤの言葉も一理あった。今のルッカハウス陣営の状況であれば、先に弱い者を
各個撃破してから、最後にクロノと戦うという戦術を採った方が損失は少なそうに思
える。
 
 
「…そうだのぉ。だが、その可能性は低いと見るべきだの。あのディアの黒装束はク
 ロノ殿を気にしておったからの。そしてゲルディは黒装束にかしづいておった。奴
 等の狙いは我らの全滅では無く王室の根絶じゃろう。戦力的に有利であるならば、
 我らを今やらずともすぐに攻撃できる。ならば目的を最優先してくるじゃろう。
  我らへの先ほどの攻撃もリストガンが目当てではなく、戦力の分散が目的じゃろ
 う。我らがクロノ殿をサポートすると厄介だと考えて、奴等は先に我らの力を削い
 だと判断するのが妥当ではないか。…我々はまんまとゲルディの目的通りの動きを
 させられてしまったのやもしれんのぉ…。」
「じゃぁ、何か?俺達はクロノのためにこんなにやられちまったと言うのか!?
 そりゃねぇだろ!!!
「フォルス!何てことを!!」
だってそうだろ!ピエールの話はみんなクロノを中心にして動いていたっ
 てことじゃないか!そのためにみんなが…トーヤが………」
 
 
 フォルスはクロノを睨んだ。
 その目はやり場の無い怒りが出口を見つけたかのごとく、視線の先の男を刺し貫く
ような鋭いものだった。クロノはその目が痛く、彼の顔を見る事が出来なかった。
 
 
「フォルス。お前の気持ちはわかるがクロノ殿の心中を察してみよ。」
「…わかってるよ。だけどよ、悔しいじゃないか!
 俺達はそんなに軽くあしらわれていたのかってよぉ。なぁ、命ってそんなに違いが
 あるもんなのか?許せねぇよ!
 
 
 その時、クロノが彼の顔を見た。
 フォルスはクロノの表情が予想していた申し訳なさそうな顔をしておらず、余計に
腹が立つのを感じた。だが、黙って見据えた。
 クロノの口が開く。
 
 
「…フォルス、俺には正直かける言葉がわからない。だが、トーヤは必ず連れ戻す。
 命に代えても。」
!?よく言うぜ!口で言うことは容易い!
 それができるならどんなに良いか…。」
フォルス…」
 
 
 ナリヤが制止しようと名を呼びかけたが、彼の語尾の哀しみに続きが言えなかった。
 その気持ちは自分も同じ。…止められはしないことを感情が告げていた。
 
 
「…俺はどちらにせよ奴等を相手にしなくちゃならない。これは結局、俺の個人的な
 戦いのついででしか無いかも知れない。でも、目的は少なくとも一緒だろ。俺はど
 ちらも失いたく無い。マールも、トーヤも、君やみんなとの絆も。」
 
 
 フォルスはクロノの言葉を聞き、その言葉が率直な彼の気持ちなのだろうと思った。
どんな言葉も怒れる相手に言った所で火に油を注ぐだけ。謝罪の言葉を言われるより
はまだマシなんだろう。…そんな冷めた自分がいた。だが、自分で考えるのとは裏腹
に、心の奥底の何かが彼の目を滲ませ始める。
 そう、自分の心には嘘をつけなかった。ただ感情をぶつけるしかないできない自分
を、相手は静かに受け止めている。それが心底悔しく、そして自分が恥ずかしかった。
 
 
クソォ!…うぅ、……クロノ…さん。…あぁ、俺ももう失いたく無い。頭では
 わかってるんだけどよ、…すまねぇ。」
 
 
 ピエールは二人が落ち着いた所を見ると、一息ついて言った。
 
 
「ふぅ、決まったな。
 では、リストガンをそれぞれ配り終えたらクロノ殿と集結じゃ。」
 
 
 ピエールの言葉にフォルスは呆気にとられた。先ほどまで苦言を呈してまで止めよ
うとしたり、波風を立てる事ばかりだったのに突然まとめられてしまった。
 
 
え?なんだよそれ…?」
「ふぉっふぉっふぉ、お前の感情的な性格は事前に対処しておかなくてはのぉ?」
「うわ、汚ねぇ!」
 
 
 彼のその言葉に、全員が思わず笑った。
 
 
「落ち合う場所は東部の崩れ谷じゃ。みんな、良いな?」
 
 
 ピエールの言葉に全員が頷いた。
 
 
「…よし、じゃぁ、」
 
 
 彼の話を聞いて真っ先にクロノが発とうとすると、ピエールがまたまた制止した。
 

「あ、ちょっとお待ち下さい。」
「ん?」
 
 
 ピエールはそう言うと足早に奥の部屋に入って行った。そして、少しして戻って来
た時、彼のその手には刀が握られていた。その刀は少々古びた装飾のついた鞘に収ま
っているが、立派な物に見えた。
 
 
「それは?」
「…昔、もう10年は昔になりますか、ボッシュ殿から頂いた刀です。この刀は魔法
 に対して耐性を持つとかで、私がまだ若い頃に使用していました。これをあなたに。」
 
 
 クロノはピエールから刀を受け取った。
 早速刀を鞘から抜いて見ると、刀身は白く輝き、とても手入れの行き届いた見事な
ものだった。そして、何より思っていたより軽い。
 
 
「…これは、白銀刀?」
「えぇ。私もそう思います。しかし、ボッシュ殿はこれを白銀刀とは言わなかった。
 もしかしたら…何らかの力が篭った特別なものだったのかもしれない。」
「…良いのか?」
「これはワシよりあなたが持ってこそ意味のあるものでしょう。その昔のあなたの腕
 を信じればこそです。」
「わかった。必ずこいつで勝ってみせる。」
 
 
 ピエールがにこりと微笑んだ。
 クロノは力強くそれに頷いた。
 
 
「みんな良いな?」
 
 
 クロノが回りを見回す
 全員がクロノの問いかけに頷いた。
 
 
「行くぜぇ!」
「おぉーーーー!!!!」

--------------------------------------------------------------------------------------------------

 前回  トップ  次回

--------------------------------------------------------------------------------------------------

 お読み頂きありがとうございます。
 拙い文章ですが、いかがでしたでしょうか?
 
 宜しければ是非感想を頂けると有り難いです。励ましのお便りだと有り難いです
が、ご意見などでも結構です。今後の制作に役立てて行ければと考えております。
 返信はすぐにはできませんが、なるべくしたいとは思っておりますのでお気軽に
是非是非お寄せ頂ければと思います。

 感想の投稿は以下の2つの方法で!
 
 感想掲示板に書き込む    感想を直接メールする
 
 その他にも「署名応援」もできます。詳しくは以下のページへ。
 
 …応援署名案内へ
 
 今後ともクロノプロジェクトを宜しくお願いします。m(__)m