クロノプロジェクト正式連載版

第76話「謀り」
 
 
 二人は駆け続けた。
 
 途中何度も襲撃に襲われたが、素早く攻撃を仕掛けて次々に打ち倒して行った。
 その間に周囲の風景が変わり、今まで森ばかりだった景色が一変して、表現は悪いが
とても言い得て妙なこ高い禿げた山が見えてきた。
 
 
「崩れ谷だ。」
「あれが。」
 
 
 崩れ谷は砂岩で出来た山間の道で元々は一つの山だったが、中世から始まる開拓事業
で山が削られて道が通された。しかし、永年の風化と砂岩という軟弱な地質の関係で次
第に崩壊を始め、今では二つの小高い砂山の間の道になっている。
 
 二人はその谷の入り口付近で立ち止まった。
 
 周囲にはちらほらと草が生え、空気も乾燥している。元々この地域は割と乾燥した地
域で、島の南を流れる寒流の影響で湿気が吸収され、乾燥しやすい気候帯にある。
 この島から南東にある大渦潮は寒流と暖流が混ざり合う地点で、昔から漁師の間では
最良の漁場としてガルディア国民の胃袋を満たす漁獲を支えてきた。
 
 クロノはこの谷に来るのは初めてではなかった。なぜなら、子どもの頃よく遊んだ場
所だからだ。彼にとってここの景色は、今では多くの記憶に残る場所が変わってしまっ
ている中で、数少ない時が止まった変わる事の無い遺産の様に思えた。
 
 乾燥した風が心地よい。
 
 シズクの髪が風に吹かれてきらきらと輝く。赤毛が日の光を浴びて綺麗なオレンジ色
に輝いていた。彼女も涼しそうに風を受けながら辺りを見回すと、言った。
 
 
「私達が一番先に来たのかしら」
 
 
 シズクがそう言うや否や、後方の森の方から足音が聞こえる。二人は咄嗟に構えたが、
すぐにその必要がないことを悟った。
 
 
「フォルス、ナリヤ、無事だったか。」
「無事に決まってるさ。コイツに叶うやつなんて、囚人達の中じゃゲルディくらいのも
 んさ。」
「クロノさん達も無事で何よりです。」
 
 
 フォルスはそう言って誇らしげに腕輪を見せた。ナリヤも微笑んで二人に歩み寄った。
二人の話では彼らの向かった村でも襲撃されている状況にあったが、間一髪間に合った
様だ。
 クロノ達は互いの無事に安堵すると、すぐに最後の仲間達の到着が気になった。
 シズクがピエール達の向かった方角を見て言った。
 
 
「ピエールさん達は大丈夫かしら?」
 
 
 そこに崩れ谷の方から人の気配がした。
 クロノが振り向くと、そこにはクロノと戦った黒装束の少女が、ピエールを捕らえて
浮かせていた。彼は気を失っているようで、ぐったりと宙を浮いていた。
 
 
「お前は!?性懲りも無くまだやってきたか!」
おだまりなさい!見て分らないのですか?
 ここに浮いている老人の命が惜しくば、武器を捨てることです。さもなければ命の保
 証はできないわ。」
「きたねぇ奴だな!正々堂々と負けたら、人質を取らないと駄目なのか!」
「何とでも仰いなさい。全ては勝利した者が正義なのです。」
「クッ…」
 

 クロノは大人しく従い、刀を置いた。
 アメテュスはそれを見ると、素早く刀を魔力で自分の足下に持って行った。
 

「さぁ、他の者も置きなさい!この老人がどうなっても良いのですか?」
「………くそ、」
 

 フォルスとナリヤも武器を置いた。
 

「そこの赤髪の女、あなたもです。」
 
 
 少女が指さして命じる。しかし、彼女は腕組みをして立っていた。
 
 
「あら、ご生憎様。私は素手で戦うのが好きだから、武器は使わないのよ。」
「…気に入らないわね。お前は先ほども私の攻撃を軽々と打ち返した。生意気だわ。」
「そう?戦いですもの、お互い様だわ。違って?」
 

 シズクの言葉一つ一つが少女を苛立たせる。
 少女は魔力を手に送ると、老人のピエールの周囲に魔力を漂わせた。
 緑色の光が彼を包み込む。
 
 
「状況が飲み込めて無いようね。私はあなたが従わなければ、いつだってこの老人をあ
 の世に送ることが可能なのよ?わかるかしら?」
「私は従っているじゃない。武器がないのにどうしろって言うの?」
 
 
 確かに彼女の言葉も最もだった。武器の無い彼女は少女の命令には確かに従っている
ことになる。しかし、少女は答えを用意していた。
 
 
「…お前は死をもって、私への罪を償うのです。」
「…随分答えが性急だこと。」

 
 
 シズクが悪びれずに構えもせず背伸びを始めた。
 そして言った。
 
 
「やーね。こんなところで死ぬなんて。ま、これも運命なら仕方ないわね。さ、やるな
 らさっさとやって頂戴?私も忙しいから、遅いと何するかわからないわ。」
 
 
 シズクの大胆な発言にクロノが焦る。
 
 
「シズク!?おい!」
 
 
 しかし、彼女はそう慌てた様子も無く、微笑んで答える。
 
 
「良いのよ?心配しなくて。あたしが死んでも関係無いじゃない?忘れなさいよ。」
「しかし、おい!…くそぉ、そこの女!何も持たない奴を攻撃するのか!?
 俺達はお前に従っただろ!!!」
 
 
 クロノの叫びに、少女は目を細めて恍惚の表情で言った。
 
 
「その女は自らの意志を示したのです。運命を受け入れているのです。」
「くそぉ…」
 
 
 アメテュスは構えた。
 しかし、その時素早く動く者がいた。
 
 
「…悪い、爺さん。あんたならわかるよな?」
 
 
 フォルスはそう言うと、突然魔法をピエール目掛けて放った!
 
 
 全員が突然の行動に驚く。
 しかし、魔法が被弾する寸前に気を失っているはずのピエールは、なんと突如慌てた
ように動き出して間一髪で避けた。
 
 
「イヂヂヂヂ!何しやがるんだぁ!それでもお前仲間か!?
 普通は人質助けるだろがぁ!!!!」

 
 
 ピエールはカンカンに怒って喚いた。
 だが、その拍子に化けの皮が剥がれてしまった。
 
 
「あぁ!?!あんたはゴンジ!!!!」
「汚ねぇ!なんて奴等だ!」

 
 
 ゴンジは変装がバレて慌てた。
 しかし、バレたものは仕方がないと開き直った。ご丁寧に腰に手を当てるほどの堂々
とした態度だ。
 
 
「バレちゃぁしょうがねぇ。ね、先生?」
「…お前は黙って死ねばよかったものを。」
 
 
 少女は不機嫌に呟くと、ギロリとゴンジを睨んだ。
 ゴンジはその反応に血の気が引くのを感じ、堂々としていた姿勢も一瞬にして卑屈に
変わった。
 
 
「へへ、へ、そ、そうでしたか?」
「…過ぎたことは仕方ない。皆の者!出なさい!」
 
 
 アメテュスの号令と共に、周囲から突如沢山の囚人達が姿を見せた。そして、少女と
ゴンジの周りには黒装束の部隊も現れて守りを固める。
 
 
「さぁ、好きになさい!」
 
 
 少女の命令下、一斉にクロノ達へ攻撃が開始された。
 攻撃隊列を組んだ黒装束は一斉にエレメントを放つ。彼らのエレメントは氷のエレメ
ント。周囲一帯に冷気が立ちこめ、フィールドパワーが水に染まる。
 丸腰のクロノ達だが、シズクが素早く前に立つと火のトラップフィールド展開。直撃
する直前でフィールドが攻撃を弾いた。
 
 
「クロノ!」
「あぁ!」

 
 
 クロノも今まで温存していた魔力を解放すると、跳躍して一気に放出した。
 サンダガの閃光がほとばしり、一瞬の内に黒装束全員に対して攻撃した。しかし、黒
装束達も今回は用意してきたようで、即座に反応するとトラップフィールドを展開。稲
妻の直撃を防いだ。
 
 
「みんな、そばを離れるな!離れたら各個やられるぞ!いいな!」
「承知!」
「わかったわ。」
「えぇ。」
 
 
 だが、それでもクロノ達は丸腰同前だった。
 周囲から続々と囚人達が現れる。
 
 その人数はまさに群れと言っても過言ではない程の沢山の集団が集まっていた。少女
はゴンジに命じると、ゴンジの指示で次々に統率を持って襲い掛かる。
 クロノとシズクはフォルス達を挟むように立って構えると、襲いかかる囚人達からの
攻撃を体術で受けて立った。しかし、武器が無くとも戦えるとはいえ、さすがにこれほ
どの大人数はさばけず、不利は明らかだった。
 だが、その時後方から大きな物音が聞こえる。
 
 
「!?」
 
 
 全員が東の方角から聴こえる大きな物音に耳を立てた。
 何かがくる。

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