クロノプロジェクト正式連載版

第26話「新しき花 上」
 
 
 
 の陽光が木の葉を透ける。夏の心地よい風が森を駆け抜ける。
 暖かい日差しの中を一人の女性が歩いていた。
 その手には美しく香しい白き花を持って。
 
 
 
 ソイソーは意識不明のまま寝込んでいた。
 ようやく目覚めたのは倒れてから一週間を過ぎようとしていた頃だった。
 
 
「う、うぅ…」
 
 
 ソイソーは今自分がどういう状況にあるのか定かじゃなかった。
 一体どこにいるのか?死んでいるのか、生きているのかさえもわからなかった。
 体も動かず、正常だと感じるのは目と耳だけだった。
 
 視界には光が見える。明るい光。暖かい光。よく見るとベッドの上に寝ているらし
く、かけ布団も見える。正面には窓があり、外の光りが入ってくる。外には森が見え、
木々の香りが窓の外から風に乗ってソイソーの鼻に運ばれてくる。
 体は動かないが…ソイソーは遠い昔の記憶にある幸せを感じていた。そこに人がド
アを開けて入ってくる。ソイソーは気配は感じるが首を動かすこともできないので、
ただそのまま寝た振りをした。
 
 
「ソイソーさん、お花を変えに来ましたよ。」
 
 
 入ってきたのは女性。
 人間の様だが人間とは違う特徴を所どころにもつ女性。
 
 彼女はハリーの救護隊に所属する魔族の女性で、名はハナと言った。
 ハナはソイソーの世話を毎日している。誰もがあまり乗り気ではなかったソイソー
の看病に自ら名乗り上げて世話を一生懸命にしていた。そんなハナの姿に始めは協力
的とは言えなかった他の仲間達も、次第にハナに協力してくれるようになった。ハナ
の姿はそう思わせるほどに真面目で献身的なものだった。
 ハナは手に持っていた3本の白き花を窓辺に置いてあった花瓶にさし、ソイソーの
ベッドの横にあるテーブルに置いた。ほのかに甘く、それでいてしつこく無い上品な
香りが漂っている。
 
 
「奇麗でしょ?ハリーさんが新しい育成地に生えてる新種の花を摘んできてくれたの。
 新種だからまだ名前が無いんですって。なんて名前が良いかしらねぇ。」
 
 
 ハナはソイソーに話しかける口調で語りかけてきた。
 ソイソーはただ目を閉じて何も答えずにいた。
 ハナはそれを見てため息を一息付くと、近くにある椅子に腰掛けた。涼しい風が窓
から心地よく入ってくる。
 
 
「…もう、一週間。」
 
 
 ハナはつぶやく。そして少しずつ椅子から身を傾けて布団の上に、ソイソーの顔を
見る様に顔を埋めた。
 
 
「…どうして目を開けてくれないの?ソイソーさん。」
 
 
 ソイソーは薄目を開けてハナを見た。ようやく見えた声の主の姿は、声に違わず若
く奇麗に見えた。何処か見覚えがある気がする…
 
 
 
 
 
 
「…私は知ってるよ。みんなは悪く言うけど、
 …ソイソーさんは本当は優しい人だって。
 姉さんは死んじゃったけど、私達を決して忘れずに守ってくれたもの。」

 
 
 
 
 
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…戦時中
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「援軍が来る前に落とせー!!!」
 
 
 
 大勢のガルディア軍が村を囲む。
 
 村は魔法によって保護されているが、兵糧攻めに合い村長の魔力のコンディション
は日に日に悪化していた。そして、ついに今、魔法が消えた。
 緑色に輝く幕が消えると、ガルディア軍は一気に軍馬を走らせ突撃する。
 
 
「うおぉぉぉぉぉ!」
 
 
 魔王軍の駐屯兵と共に村の男達がガルディア軍と衝突する。兵糧攻めにあっていた
とはいえ、男達は村を守るために必死に闘った。その頃、婦女子は村の中央の砦の中
に避難していた。
 
 
 
「姉さん、こわいよ。」
「大丈夫よ。きっとソイソーは来てくれるわ。それにビーンズの男達はそんなにやわ
 じゃないよ。しっかりなさい。」
「だって…。」
 
 
 幼少の頃のハナは、歳の離れた姉のエレシーにべったりだった。いつでもエレシー
の後ろにはハナがおり、そんなハナをエレシーは優しく世話をしていた。
 
 
「…えぇ、わかってるわ。でも、父さんや母さんが必死で私達を守ってくれたの。き
 っと天国でも、私達を暖かく見守ってくれてるわよ。それにあなたは一人じゃない。
 私もハナをしっかり守ってあげるから心配しないの。そんなんじゃソイソーに馬鹿
 にされるわよ。」
「ヤダ!ソイソーにーちゃんには言われたくない!」
「フフ、なら、しっかりなさい。」
「…うん。」
 
 
 そこに、入り口から数人の傷ついた村の男達が入ってくる。
 
 
「負傷者の救護を頼む!」
 
 
 リーダーらしき男がエレシーに言った。エレシーは冷静に返答した。
 
 
「重度の方を優先的に治療します。」
「そんなことを言っていられる状況ではない!
 中度程度の者を治してどんどん送り込まなくてはもたない!」
「ことを急いては失するわ!
 死んでしまったら取り戻すことはできないのよ!」
「急がなくては間に合わないのだ!」

 
 
 男の強い口調にエレシーも一歩も引かず二人は対立した。そこに後方から声がする。
その声は老いてはいるが、優しく、そして威厳を感じるものだった。
 
 
「…状況はわかった。しかし、エレシーの言う通り命も大切だ。だが、今はどちらか
 一方を選択するのではなく両方欲しい。ここは一つ互いに歩みよってはくれぬか?」
「村長様!?」
 
 
 二人は驚き恐縮し頭を下げた。村長はニッコリ笑って手を上げ、二人に顔を上げる
様促し、そして言った。
 
 
「救護班は前線に赴き治療を施して欲しい。そして前線の者は重度負傷者をここへ連
 れて来て欲しい。だが、それを続けるのはわずかな間で良い。私が再び結界を張ろ
 う。二人とも…できるな?」
 
「はい!」
 
「すまんな。皆には心配をかけるが、魔王様の軍も援軍を派遣されている。もう少し
 辛抱すれば光りは見えるだろう。」
 
 
 村長はそう言うと自室へ戻って行った。村の男達は重度の者を置いて、軽い傷の者
は前線に戻って行った。エレシーはハナのもとへ行き話しかける。
 
 
「ハナ、聞いたでしょ?これから私達は外でみんなの治療をすることになったわ。
 良い?私から離れないでしっかりサポートを頼むわよ?できるわね?」
「…うん。こわいけど…。」
「よく言った!頼りにしてるからね!」
 

 
 ゼナン西方、ミスリル山脈の麓に魔族の村「ビーンズ」はあった。
 現在、魔王軍はガルディア分断作戦を実行中で、北ゼナンと南ゼナンを分断し、ガ
ルディア補給線を完全に絶ちつつ攻め落とす方向で動いていた。
 
 既に南北ゼナンの主要ルートであるオアシスルートは、メルフィック隊による砂漠
侵攻作戦によって断ち切り、元々押さえるミスリル山脈ルートと魔岩窟方面に砂漠を
迂回する東周りの魔岩窟ルートのみとなっていた。ガルディア軍は魔岩窟ルートを利
用して辛うじてパレポリとの連絡を繋いでいたが、ガルディア王は勇者サイラスの勢
いに乗り、ミスリル山脈攻略へ軍を進軍させた。
 
 ミスリル山脈ルートの魔王軍の拠点がビーンズであり、魔王軍としてもそう易々と
攻略されるわけにはいかなかった。ようやく叶った大動脈であるオアシスルート分断
をミスリル山脈ルートと交換するようになっては話にならない。だが、元々強力な
ティエンレン一族が多数住まう村でもあり、戦力的には問題無いと判断されていた。
 だが…。
 
 
 
 エレシーとハナは前線手前の負傷者の治療に向かう。そこは沢山の男達が負傷して
いた。だが、重度ではないため応急処置が取られていた。しかし、その処置というも
のも尽きかけた状況に有っては、本来の効果には全く達していない有様だった。
 男達はエレシーの姿を見ると立ち上がり二人を囲んだ。
 
 
「おぉ、エレシーさん!お願いします。」
「えぇ、私が来たからには死なせないわよ!さぁ、ハナ、一緒に手伝って!」
「うん!」
 
 
「ケアル!!!」
 
 
 二人がが大地に手を付きケアルを唱えると、その場にいた全員が癒しのオーラに包
まれた。ケアルの癒しのフィールド内にいる負傷者達はそのオーラによって次々に傷
を癒された。
 
 
「ありがとう!力が湧いてくる!行ってくるぜぇ!」
「危なくなったら戻ってくるのよー!」
 
 
 二人はその後も次々に傷を癒した。
 しかし、村長の結界が張られる様子は一向にない。
 
 
「村長様大丈夫かしら。」
 
 
 エレシーは後方を気にしつつも一生懸命に詠唱に励んだ。そこにハナが服を引っ張
る。
 
 
「…お姉ちゃん、あ、あれ…」
 
 
 ハナが後方の砦の方角を指差す。その方向には一人の人間の剣士が、地塗られた剣
を持ちこちらに歩いて来ていた。途中、幾人もの人々がその剣士によって肉塊に変え
られていった。
 
 
 
「…結界が消えたのに落ちなかったのはお前の仕業だな。
 お前のせいで何人もの命が消えていった。この聖剣、
 グランドリオンの名にかけて成敗する!覚悟しろ!!!」

 
 
 
 その剣士は黒い甲冑に紫のマントを纏っていた。鎧には多数の人々を殺めたであろ
う証が鮮血の色で刻まれている。そして、その手には彼が口にした伝説の宝剣、グラ
ンドリオンが握られていた。
 エレシーはハナを後ろに下げ魔力を集中し始める。地面には次第に黒い闇のもやが
溢れ、それが法陣を形成する。
 
 
「フン、人間の坊やが私を成敗できるかしら?」
「オレを知らないと見えるな。命知らずな奴だ。」
「知ってるよ。あんたが死神サイラスだろ!」
「死神か。…魔族に言われるとは光栄だぜ!」
 
  
 エレシーが魔法の詠唱を始める。すると、法陣は急拡大し、半径50m以内の周囲
一帯にある人間の死体を起き上がらせた。
 死体達は起き上がると次々にサイラスの方を見た。
 
 
「ネクロマンサーか。相当名のある者と見受けた!」
「口が多い男は大嫌いよ!」
 
 
 エレシーが躯兵を放つ。躯兵はサイラスの回りを囲み、一斉に襲撃を開始した。
 しかし、サイラスはその襲撃をものともせずに反撃して振り払う。だが、振り払わ
れた躯達は再び立上がり攻撃してくる。
 
 
「ッフ!」
 
 
 サイラスはグランドリオンに力を込める。すると、剣が輝いてすさまじい天のエネ
ルギーが躯兵に降り注ぐ。グランドリオンはエレシーの術をあっさり解き、躯兵はバ
タバタと音を立ててその場に倒れた。
 
 
「これがグランドリオンの力!?」
「観念するんだな!」

 
 
 サイラスが剣を振り降ろす。エレシーは咄嗟に避けたつもりだが深く斬られ、その
場に崩れるように倒れた。
 
 
「姉さん!?」
「姉さん?こいつの妹か?…ネクロマンサーは厄介だ…。
 すまんが、お前もあの世へ行け。」

 
 
 ハナはがたがたに震えて目を閉じて立尽くしていた。
 そこにサイラスが剣を振り降ろそうとした時、後方から声が聞こえる。
 
 
「サイラス!!!魔王の援軍が来た!撤退だ!」
「何だと!?」

 
 
 前方から魔王軍の援軍の軍勢が見える。先陣はソイソーだった。
 
 
「人間どもぉ!!!お前達はもう逃げられんぞ!!!」
 
 
 ソイソーがサイラスのもとに駆けてくる。
 サイラスは剣を振り降ろすのをやめ、すぐに振り返り様一閃。その後再びハナの
方を振り向くと、ぼそりとつぶやいた。
 
 
「命拾いしたな。」
「………。」
「グレン、今行く!」

 
 
 サイラスは後方の唯一の味方であるグレンと共に夜の闇へ消えていった。
 
 真空の刃が緑色の光を帯びてソイソーに向かう。ソイソーはその刃に自らも繰り
出した剣の一閃で相殺してみせた。しかし、その攻撃に気を取られている隙にサイ
ラスの姿は消えていた。
 
 
「ッチ!」
 
 
 ソイソーがハナの姿に気付き、刀を収めて駆け寄る。
 
 
「ハナ?大丈夫か?」
「うっうっ…姉さんが…」
 
「!?」
 
 
 ハナの言葉で近くに倒れているエレシーの姿を見つけた。エレシーは深く斬られ、
どう見ても助けられそうに無いと一目見て分かった。だが、そうしないでいられなか
った。懐に入れていたハイポーションを取り出し、エレシーの体に振りかけた。
 若干効果が出るが、外傷を辛うじて塞いだ時点で効果は無効化した。その意味する
ことは残酷だった。ソイソーはエレシーの名を叫んだ。
 
 
「エレシー!」
「…あり…がとう……」
「エレシー…、すまない!…すまない……………………」
 
 
 暫くソイソーはエレシーの体を抱きしめ、無言でその場に涙を流した。
 
 
 その後、ハナはソイソーの軍に保護されて村を離れる。
 村はほぼ壊滅したが、勇者達をデナドロ山に引き込む作戦は上手く行き、この後、
勇者サイラスは魔王の魔法で剣を砕かれ、死亡したと言われている。
 
 
 
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「ソイソーさんは私のこと覚えてないと思うけど、私はずっと昔からソイソーさん…、
 ソイソー兄さんのことを知ってるよ。」
「…………ハナ。」
「!?!」
 
 
 ソイソーは目を開き、再び口を開く。
 
 
「……オレがお前を忘れるわけがないだろう。」
「に、兄さん!?」
 
 
 
 ハナはソイソーの方を向いていた顔を布団に伏せ。そのまま泣いてソイソーの回復
を喜んだ。

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 お読み頂きありがとうございます。
 拙い文章ですが、いかがでしたでしょうか?
 
 宜しければ是非感想を頂けると有り難いです。励ましのお便りだと有り難いです
が、ご意見などでも結構です。今後の制作に役立てて行ければと考えております。
 返信はすぐにはできませんが、なるべくしたいとは思っておりますのでお気軽に
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