クロノプロジェクト正式連載版

第27話「新しき花 下」
 
 
 
 イソーは暫く寝たきりの生活を余儀無くされた。だが、意識を戻したソイソーは
決して気を許すことはなかった。
 唯一、ハナだけが彼とコミュニケーションを取る日々が続く。
 
 
「兄さん、また他の人たちに愛想悪くしたんだって?ダメじゃない。みんな兄さんの
 ことを心配してくれているのよ?そんなこと続けていたら罰が当るわ。」
「フン、俺は誰も心配してくれと頼んだつもりもなければ、看病してくれとも言って
 いない。」
「う〜ん!もう。」
 
 
 ハナはソイソーのベッドの隣の棚に飾られている花の鉢植えに水を注ぐ。その花は
以前、彼が意識を取り戻した時に花が持っていた花と同じものだ。
 ソイソーはその花をじっくりと眺めていた。そして、ぼそりと呟く様に言った。 
 
 
 
「…綺麗だな。」
 
 
 
 ソイソーの不意の呟きに、ハナは窓の棚を拭きながら微笑んで言った。
 
 
 
「当たり前よ。姉さんは村一番の美人だったじゃない。」
「…あぁ。」
 
 
 
 ハナは内心複雑だった。彼は確かに過去の自分を取り戻しつつ有ると思う。しかし、
それは時が遡ったに過ぎないということでもあるのだ。当時の彼と姉であるエレシー
の付き合いは、幼少の頃から見てきているだけに深い。
 
 
 
「…兄さんが、まだ姉さんのことを覚えてくれてたのは正直嬉しかったわ。」
「…。」
「でも、過去ばかりを見つめているのは兄さんらしくないと思うの。」
 
「…何が言いたい?お前のことを愛せとでも言うのか?」
「!?そんなこと…」

 
 
 
 ハナは突然の直球の問いに戸惑った。
 ソイソーも自分で言っては見たものの、ハナの方を直視せずに天井を無表情に見つ
めて言った。
 
 
 
「お前の感情に気付かぬ程、鈍感な男と思ったか?俺を単なる武人と見ているなら、
 身の程知らずだな…。」
「…そうね。私は確かに兄さんの事は好きよ。でも、それは別に私が秘めていようと
 勝手なこと。仮に好きと言っても兄さんが思うほどでは無いと思うべきね。うぬぼ
 れるのは勝手だけど、甘く見ないで欲しいわ。」
「…フフ、ハハハ、これは一本取られたな。」
 
 
 ハナはその後身の周りの世話を済ますと出て行った。
 
 
 
 ソイソーはその後、暫くはまだハナ以外の者達に心を許すことはなかったが、前よ
りは幾分柔らかくなり、嫌な顔をしたりするようにはならなくなった。
 ハナはそんなソイソーの変化を喜び、以前よりも増して熱心にソイソーの看病に努
力した。その甲斐もあって、ソイソーはようやく外に出て散歩ができるほどに回復し
た。
 
 
 それからの二人は毎日リハビリのために散歩をするようになり、その道中に普通に
話す関係になったある日…。
 
 
 
「…ほう、ここがエレシーの咲く場所か…、素晴らしい。」
 
「えぇ、この花はここだけでしか咲かないんですって。綺麗な花だから他でも育成し
 ようと、前にロボさんが頑張ったんだけどね、特殊な条件が必要みたいでここの土
 以外では育たないんですって。」
 
「…そうか。ここはエレシーと会える唯一の場所なのだな。」
 
 
 ソイソーは目をつぶり、深呼吸しながら花の薫りを楽しんだ。
 花はほのかに輝きを帯びているかのような美しい純白に、百合の様な大きく可憐な
姿をしており、香りは甘い薔薇科の花の香りの様な優雅で上品な香りが漂っている。
 
 
「…随分と長くこの様な世界があることを忘れていた。」
「…そうね。みんなそうよ。」

 
 
 風が吹く。花が揺れ、香りが2人を包み込む。
 
 
「お前と話していると、いつもエレシーと話している気がするのだ。
 …お前には残念な事だろう。
  だが、お前は俺が忘れてしまった幼き日の俺を沢山教えてくれた。
  お前がいるから、俺は忘れてしまった大切なものを思い出す事ができたのかもし
 れない…。」
 
 
 ソイソーは目をつぶりながらハナに言った。
 ハナも目をつぶりソイソーに答えた。木々のささやきが涼やかに彼らを見ている。
暖かい風は甘い香りと共に2人に安らいだ時間を与える。
  
 
「…ううん、私は残念じゃないわ。むしろ嬉しい。兄さんが昔の兄さんに戻ってくれ
 るのなら、こんなに嬉しい事ない。」
「…。そうか。
 だが、性分か。俺はお前以外にお前と接するようには無理だろう。」
「…焦る事はないわ。みんなだって同じよ。沢山の人が色々に迷っていると思う。
 私だってそう。だから、徐々にお互いを知る事ができれば良いと思うわ。」
 
 
 ソイソーは目をつぶったままニヤリと笑った。
 
 
「…ククク、お前は姉さんそっくりだな。」
「そう?まぁ、姉妹ですもの。フフフ。」
 
 
 ハナもそう言って微笑んだ。
 
 
 
 二人はしばし花を見つめていた。その花は一本に一輪しか花を咲かさないが、その
見事な大きさは、直径で15cmにもなる大輪の花。美しさは勿論、見応えがあると
いう点で別格と言えた。
  
 
 
 ソイソーは考えていた。自分が今後どう生きれば良いのかを。
 今までは戦があり、剣が己を活かし、力が人生を決めていた。
 
 しかし、今は以前と全く違う。
 特に違う事は「平穏」であるということだ。
 
 今までの様に自分自身の身の安全を考える事無く、外を歩いている自分が不思議だ
った。この森が特殊なのではない。もう戦時ではなく戦後であった。
 人は争いを嫌い、誰もが力を行使することを躊躇う時代に入ったのだ。それは如何
に勝利した人間の側とて同じ事だ。
 今も森へ時々入るならず者も、これらはいつの時代にもいる存在であり、今までの
様な大規模なものではない。力としては意味を為さぬ、脅威でもなんでもない可愛い
ものだ。
 
 力は世界から必要とされなくなったのか?
 …ソイソーとしての答えは否である。
 
 力はいつの時代も否定される事無く、確実に己のために存在したのだ。どんな時代
が来ようと、世界が例え剣を必要としなくとも、新たな武器が生まれ、新たな武術と
共に人々の中に受け継がれるのであろう。
 
 しかし、今は嵐が過ぎた後だ。
 どんなに必要であろうと、人はさすがに鈍感な生き物ではなく、力が暴走した事実
を心に留め、生きる術としての武力は力を無くすのだろう。
 
 見えない平穏という未来が、ソイソーの平和への安堵感とは逆に不安を与えた。
 
 
 
「…これから何をすれば良いのだろう。」
 
 
 
 ふと、ソイソーが言った。
 ハナはそれに明るく言った。
 
 
「…そうねぇ、エレシーを育ててみるのはどうかしら?」
「剣を鍬
(くわ)に変えるのか…。フ、それも悪く無い。」
 
 
 ソイソーはその後、何も言わずに村の方角へ歩き始めた。
 ハナも何も言わずに静かに後をついた。
 
 
 ソイソーはこの後、徐々に村人との間に交流を持つようになった。
 
 最初は村人も戸惑いは隠せなかった。だが、ソイソーが育てたエレシーの花が村人
達との間の掛け橋となった。
 
 彼が花を育て始めたという話を聞いた村人達は、最初は単なる興味本意で木の影か
ら覗く程度だった。しかし、ソイソーが黙々と育てるエレシーの花は、まるで彼が魔
法をかけた様に美しく、薫り高く素晴らしいものとなっていった。
 
 エレシーの花のあまりにも見事な成長振りに村人達も興味を持ち、ソイソーから育
成方法を聞くようになりだしてから徐々に世間話もするようになり、次第に打ち解け
て行った。
 
 新しき花はかつての魔族の覇者の心をも掴み、森は新しき花と共に平和への芽を育
み始めた。
 彼らは努力し、様々な問題を抱えつつも互いを支え合い、種族を問わぬ虐げられ続
けた者達の連帯が新しい時代を切り開こうとしていた。
 
 
 それは歴史に前例の無い、人と亜人種の平和的共存社会の誕生である。

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