クロノプロジェクト正式連載版

第28話「一年後」
 
 
「は!」
 
 
 カエルが剣を一閃する。カエルの剣からは水が吹き出し、水平に水の刃が迸る。
 
 
「フン、新技か!ならば!」
 
 
 ソイソーは剣を垂直に持つと力を込める。するとソイソー刀から風が巻き起こり竜
巻きが立った。竜巻きはカエルの水の刃を吸収し、上空へと飛散させた。
 
 
「なんだと!?」
「魔の力を持った剣の経験は、俺の方が長いということを忘れるな。」
「チ、悔しいぜ。」

 
 
 カエルが剣を鞘に納める。
 ソイソーも剣を納めた。
 
 二人は近くの木の枝に掛けてあったタオルで汗を拭うと、木の株で作った椅子に腰
かけた。
 
 
「…ふぅ、飯にしようぜ。」
「おぅ。」

 
 
 二人は木の株の近くに置いておいた鞄から弁当を出す。
 弁当箱は東海岸沿いに生える竹から作られた竹籠で、中には東部魔岩窟地方で栽培
されている小麦で焼いたパンで作ったサンドイッチが入っていた。
 中身は北部デナドロ山の麓で飼育されている「ロングヘアまるまじろ」の肉のスラ
イスしたものを、カーレギ湾の塩田で作った塩と、漁師がたまに釣って処分に困る「ハ
リキュウ」(フグ科の魚で鋭い針を出す、毒は無いが身が固く調理が難しい)で作ら
れた魚醤で焼いて、カエルの家のある裏のフィオナ湖と呼ばれる湖近くの菜園で作ら
れた新鮮なレタスに、自家製のマヨネーズとバターを塗って挟んだものだ。
 全ての食材が森全体から作られ、そして消費されている。森は多様な動植物が育ま
れ、初期の森では考えられない恵みをもたらし、今の生活に彩りを添えている。それ
は一人ではなし得ない。多くの人々の協力と調和がこのサンドイッチを形成し、森の
様々な産物として表れている。
 
 
「お、お前んとこもサンドイッチか?オレのもサンドイッチなんだよな。チ、交換で
 きねぇ。面白くねぇな。」
「そういう子供地味たことを言うな。ハハハ、まぁ、味は負けないがな!」
「くー、言うなぁ。そんな所張り合わなくても良いだろう?
 お前こそ子供地味てるだろうが。」
「全くだ。」
 
 
 二人は互いに笑い合う。涼しい風が秋を感じさせた。
 フィオナの森には基本的には四季が無い。しかし、地域によっては四季のある地域
があり、例えばデナドロ地方やパレポリ側、それにミスリル山脈の麓の森は四季に応
じて色が変わる。だが、基本的にはそれらの地域は人間も出没することがあるため、
森の外と近い地域にはあまり人は行かない。いや、現実問題、危険であった。
 しかし、その頃になると毎年カエルはパトラッシュと共にパトロールがてら立ち寄
り、そこで枝を持ち帰り住民達に秋の訪れを知らせた。住民達はそれを見て頃合いと
感じ収穫祭を開いている。
 
 
 樹々のざわめきが聞こえる。
 風が樹木を揺らし、日の光が葉に反射して輝く。
 
 
 過去の時代、この陽の光は樹木にとって大きな疫病神であった。しかし、今は広大
な森が蒸散し保湿する事で過剰な加熱から大地が守られ、森は数多くの生命を宿す揺
りかごとして、その生い立ちや経緯は各々で違うが平穏な生活を包み込む。
 
 
「…だが、正直、お前とこうやって友になれるとは想像だにしなかったぜ。」
「よく言うな。ならば何故殺さなかった?」
「それは言わない約束だろ?それを言えばお前らにも言えただろう?」
「まぁな。」
 
 
 二人はしばし黙々とサンドイッチを食べた。
 食事が終わり、持って来た陶器製の瓶の栓を抜き、互いに中に入っているお茶をの
むとカエルは言った。
 
 
「…でもよぉ、嬉しいぜ。こんな平和が来て。」
 
 
 カエルは森の木々を見つめながら、穏やかにそう言った。
 ソイソーも森の木々を見つめながら話し出す。ソイソーの声も穏やかだ。
 
 
「…正直な話、こういう未来が来るとは俺も思いもよらなかった。
 これが誰もが求める幸せというものなのだろうな。」
「あぁ。本当の幸せってのは、案外近くにあったんだよな。
 剣は…そいつを見えなくしちまう。」
 
 
 カエルは手を剣に触れながら複雑な表情で話した。
 ソイソーがそれに反応して穏やかに反論する。
 

「…それは違う。剣は己を磨くものだ。剣を振るう力とは、自分を制御しうるもので
 なくては意味が無い。それが破綻している時が見えない状態だろう。力を否定する
 のは臆病者の逃げ口上に過ぎん。」
 
 
 ソイソーの言葉に、カエルは再度茶を喉に通す。
 陶器の青白い光沢が日の光に反射して輝いている。
 
 
「…そうか。ならば、俺は臆病になったんだな。
 昔はお前の言う事もわかるつもりだったが、今は俺だけじゃなくなっちまった。
 …守るものが多過ぎる。」
 
 
 カエルは素直にソイソーの言葉を受け止めていた。
 過去は柵がなかった。しかし、今は自分1人では決められない様々な思いがあるこ
とを知ってしまっていた。だからと、剣を捨てられるわけでもない…。
 ソイソーがカエルの心中を察した。
 
 
「…それは俺も変わらん。ただ、守るものがあろうと、剣は負の遺産ではない。
 剣があるから、村の者を守れるし、大切なモノを守れるではないか。」
 
 
 ソイソーの言葉は最もだ。自分が振るってきた剣というものはそういうものだと思
っている。しかし、一方で傷つき様々なものを奪っていた現実もある。
 …あのスプリガンの夫の様に。
 
 
「確かに。…だが、俺にはそれが異常に見えて仕方ない。中途半端な力が世の中には
 溢れている。お前の言うような完全なものであれば良いが、不完全なものがあるの
 が現実だろう?…そんなものをそのままにしておくってのは危険で仕方ない。」
 
 
 ソイソーはカエルの変わりようが気になった。あの戦時、彼の前に立ちはだかった
カエルはまるで山の様な存在だった。強く、隙がなく、技の切れも鬼のごときもので、
カエルの一太刀とは岩をも砕く様な迷いの無い豪快なものだった。
 
 
 その印象は買い被り過ぎなのだろうか。
 
 
 記憶の底にあるサイラスと共にいた頃の少年のカエルは…確かに気弱な一面があっ
た。これがカエルという男の本当の姿なのか。しかし、サイラスが葬られてからのカ
エルは以前のカエルとは違った。いや、グレンとカエルは区別すべきなのか?彼のあ
の鬼の様な力の源泉は何処に有ったのだろう?
 あの力が悲観から生まれたものではない事は、今を見れば明らかだ。仮に悲観し悲
壮感漂う者が憎しみだけで剣を振るった所で、それは冷静さを失った獣でしかない。
そう言い切れるだけの前向きな、そして、強い心がカエルにはあった。
 
 
「…お前の変わった原因はクロノという少年か?」
「ん?クロノか?そうだなぁ、あいつは変わった奴だ。この時代にはいない奴だろう
 な。だが、あいつの持つ熱さや力は、確かにオレも感化されたやもな。」
「ほう、クロノとはどういう男なのだ?」
 
 
 ソイソーが懐かしい人物の名前を聞いてきたので、カエルもふと過去のその人物と
旅した映像が蘇ってきた。そう、確かに彼が旅を共にした男は…どんな時も前向きで、
臆さず曲がった事を放っておかない男だった。
 それはそれを為すだけの力があることは勿論、決して諦めない力強く暖かい意志が
作り出すのだろう。
 
 
「…そうだなぁ、まっすぐな男だ。」
「…そうか。まっすぐか。そういう心は確かに貴重なものだな。」

 
 
 二人はしばし森の空気を感じながら、静かに休憩を続けた。

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