クロノプロジェクト正式連載版

第29話「愛弟子」
 
 
 ヶ月後…
 
 
 秋も深まり、デナドロ山には紅葉の季節も過ぎ、雪の降る季節も目前だ。
 この季節はデナドロ山方面の樹々も紅葉を始め、秋の味覚であるキノコが実る頃。
 しかし、地域としては人間との遭遇の可能性もあり、なかなか森の住民は入りにく
い領域だ。
 
 しかし、この日、村の老いた名をアレクセイという魔族の男は、デナドロ山側の森
に多く林立しているデナドロ松のもとに生える「デナドリュフ」という紅く美しい球
状のキノコを求めて立ち入っていた。
 デナドリュフはとても貴重なキノコで、後の時代には世界3大キノコに数えられる
珍味中の珍味として珍重される。味は独特の香ばしい香りがし、弾力のある歯ごたえ
と美しい赤が料理に彩りを添える。デナドロ松という木は元々は存在しない種であっ
たが、森に持ち込まれた種がこの土地に対応した独自の進化を遂げて生まれた。この
キノコはその副産物といえる。
 
 彼も用心して一応は森からそう離れていない領域で探していたが、その辺りはすで
に他の村人が大方採り尽くしており、今も生えているとすれば誰も入りたがらない人
間と遭遇する領域しかなかった。いけないいけないとは思いつつも、あの味を毎年楽
しみにしている彼にとっては我慢出来ない衝動的行動だった。
 
 
 
「見つからんのぉ。こんなところまで無いとは。むぅ、たったの3つでは寂しいのぉ。
 うむぅ、あそこも掘られておる。近頃の若い者は年寄りに譲るという精神が足りん
 からのぅ、全く。」
 
 
 
 アレクセイ老人がキノコを目を皿にして探していると、背後から何やら気配がした
気がした。老人はあえて気付いた振りをせずにゆっくりと周囲をサーチした。
 
 
 
「(………、まずったのぉ。幸い1人だけの様じゃの。)」
 
 
 
 老人は静かにキノコ探しを諦めたかの様に歩き出す。動いた方向は村への帰路だ。
 老人の動きと呼応するに様後ろの気配も動き出した様だ。
 
 
 
「(人間なのか?…魔力を感じるのぉ。先天属性は………地いや、天か?」
 
 
 
 老人はふと止まり、空を見上げる。
 空は雲行きが怪しい。どうやら雨が降りそうだ。
 
 
 
「(…さすがにデナドロからの風が強い様じゃのぉ。相手が天だとまずいのぉ。地な
  らば雨は渡りに船だがのぉ。)…ふぅ、暗いと思えば、雲か。一雨降りそうじゃ
 のぉ、ふむ、降る前に村へ急ぐかの。」
 
 
 
 老人は足を速める。背後の気配はそれでも確実に付いて来ている様だ。老人はこの
動きに人間である事を確信する。どうやら相手は自分の動きを見て村へ行く事を目的
としているらしい。であるならば、彼としての対応はもう決めていた。
 
 
 
 ォ…ゴゴォ
 
 
 
 遠くで雷鳴が聞こえる。
 
 
 
「むぅ、なんとか村へ着くまで持ちこたえてくれよ。わしは雨がいやじゃ。」
 
 
 
 老人はひたすら歩き続けた。背後の気配もまだまだ諦めず付いてくる。だが、気配
が突然動き出した。
 
 
 
 ガサガサ!!!
 
 
 
 背後から大きな草を踏む音がした。明らかに相手は堂々と正体を見せるつもりらし
い。老人は静かに振り向き言った。
 
 
 
「おや、もう付いて来ないのか?」
「…じじい、計ったな。」
 
 
 
 老人の前に現れたのは1人の剣士だった。鎧から察するにガルディア兵ではないこ
とは明らかだ。おそらく傭兵としてサンドリノにでも雇われたのだろう。既に剣は鞘
から抜かれている。…いつでも切り掛かれるに違いない。
 
 
 
「さて、なんのことかの?」
「とぼけやがって!お前は分かっていて同じ場所をわざと大回りしたな!気付かない
 とでも思ったか!」
「ほっほっほ。わしゃ別に何もしておらんよ。ただ気まぐれで帰りに回りたい所を多
 く回ったに過ぎんよ。」
「ち、嘗めやがって。」
 
 
 
 剣士が剣を構える。
 老人は手を振り上げると魔力で杖を出した。
 
 剣士がそれを見るとすかさず剣を一閃した。剣からは真空の刃飛び、老人を狙う!
…しかし、老人は切られる事は無かった。
 老人は杖を振りかざすと、真空の刃は薄い幕によって遮断された。
 
 
 
「そなた1人じゃな。わしを老人と思うて油断したの。」
「フン。」
 
 
 
 剣士は構え直すと突進した。その速さは並の者ではなく相当の使い手であることは
動きから明らかだった。老人の額から汗が流れる。
 剣士の剣が老人を狙う。剣が振り下ろされる瞬間、老人の杖からは金属質の覆いが
現れ、剣士の剣を弾いた。
 
 
「!?」
 
 
 一瞬でその覆いは解けると、その中から土のつぶてが無数に剣士を襲う。
 剣士は咄嗟に背後に跳躍し避けると、迫り来る土を剣を回転させて弾いた。
 
 
「…小癪な。」
 
 
 剣士はそういうと再度突撃を開始した。その攻撃は大胆だが隙がない。しかし、老
人も負けてはいない。
 
 
「ふむ、相手に取って不足無いのぉ。
 このティエンレン、アレクセイ・ルドルフの杖の前に頭を垂れるが良い。」
 
 
 
 その頃…
 
 
 
「パトラッシュ、雨が降りそうだな。」
「ワン。」
 
 
 
 カエルとパトラッシュはいつもの様にパトロールで森を回っていた。最近は秋の収
穫シーズンということもあり、村の外からの侵入者も多い。カエル達は暖かい時期よ
り外側のパトロールをしていた。
 その時、パトラッシュの足が突然止まった。
 
 
「どうした?」
「クゥーン…」

 
 
 パトラッシュは足を止めると一点を見つめている。その方向はデナドロ山の方向だ
った。
 
 
「…何かいるんだな。」
「ワン!」
「…そうか、行くぞ!!!」
「ワン!!!」

 
 
 カエルの許可がおりたので、パトラッシュは急いでその方向に走り出した。
 
 
 
 …………
 
 
 
 雷鳴が再度響き渡る。遠くの方で雨音もしている様だ。
 
 
 
「ハァッハァッハァッハァッ…」
「…どうした爺さん?さっきまでの威勢は。」

 
 
 
 老人の杖は折れ、衣服も所々ほころびていた。体中に土つぶてを受けており、所々
から出血が見られる。それでもなんとか魔力で杖を復元すると、それを支えに立ち上
がった。
 
 
 
「ハァッハァッハァッハァッ…耄碌したくないものだのぉ。」
 
 
 
 老人はこんな状況に有りつつも表情は穏やかだった。それどころか、微笑んでさえ
いた。剣士はそんな老人の表情がとても気に入らなかった。
 
 
 
「お前の様なじじいのせいで、幾人もの命が奪われたのだろうな。
 その顔で。胸くそ悪い。」
 
 
 
 剣士は剣を構える。
 老人も再度杖を構える。
 
 
「…若いの、何が目的じゃ?勝利以上に何が必要なのだ?」
 
 
 老人の質問に剣士は呟く様に言った。
 
 
「…渡さん。」
「渡さん…?」
「魔族ごときに、この奇跡の森は渡さん!!!」 
 
 
 剣士が剣を一閃する。すると真空の刃が老人をかすめて背後の木を切り倒した。
 
 
「気に入らねぇ!命が惜しいなら願え!わめけ!叫べ!」
「…木を大切にせぬか。お主に渡したくない気持ちがあるならば、木を傷つけるのは
 道理に合わぬではないか?的はわしのはずじゃ。違うか?」
 
「あぁ、そうだなぁ!!!!」
あお!?!」
 
 
 剣士は老人の右腕を切り落とした。老人は体を支えている杖を持っていた腕を失い、
よろけてその場に倒れた。
 
 
「そう…じゃ。グフゥ、ガハッ……あとのことは…」
「チ、黙れこの!!!」
あぁあ………
 
 
 老人は何かを言おうとしたが、最後まで言い終える前に止めを刺された。老人は吐
血しそのまま息絶えた。
  ようやく遠方から足音が聞こえてくる。
 
 
「!?」
 
 
 キールが気付いた瞬間、突然疾風のごとく剣士の前に一匹の狼が現れる。
 
 
 
「ワォオオオオオオーーーーン…」
 
 
 
 狼は村人の惨状を見ると、一声吠えて剣士を飛び越えるように跳躍した。
 剣士が構えて後方を見ると、そこにはカエルがいた。
 
 
「…アレクセイさん。…すまない。
 パトラッシュ…向こうへ行っていろ。」
「…クーン。」
「…わかっている。だが、今は俺がいる。俺に任せろ。」

 
 
 パトラッシュはカエルの命令に従い、どこかに去って行った。
 剣士が驚いた表情でカエルを見つめている。
 
 
 
「…カエル…師範」
「!?……おまえは…キール!?」
「…やはり、あんたがここにいたか。」

 
 
 
 剣士は剣を下げ、地面に突き刺した。懐かしい顔に会ったにも関わらず、その顔は
曇り険悪にも見えた。いや、カエルにとっては珍しいことではない。過去の記憶にあ
るキールも、今と変わらなかったのではないか?
 
 暗い空。厚く重なる雲は光を遮り、遠方で雷鳴が聞こえる。だが、まだ雨は降って
来ない様だ。風が吹き、森の木々がごうごうとざわめきあっている。
 
 
「キール、城はどうした?」
「…あんたを目指して諸国を旅するためにやめた。だが、あんたはオレの目指すべき
 目標ではなかったようだな。見損なったぜ、カエル。」
「…フ、お前にはとっくの昔に嫌われていたと思っていたがな。」
 
 
 カエルが剣を構える。キールもそれに反応して構える。
 
 
「そうだな。嫌っていた様に見えただろう。だが、あんたはオレの憧れの勇者だった
 のさ。…認め難いがな。」
「…勇者か。オレは勇者などでは無い。勇者なんぞ、アレは全て他の奴等が勝手に言
 い出したことだ。剣士とは所詮…人斬りだ。」
「オレは人は斬らん。…だが、魔は斬る。」
 
 
 キールの最後の言葉に、カエルは怒りが込み上げる。
 カエルが睨み言った。
 
 
「世界に魔族など存在せん。あるのは憎しみという心に狂わされた者達だ。
 俺達は大きな過ちを犯したことを、受け止めねばならん!」
「よくいうぜ。あんたが率先して実行したんじゃなかったのか?」
「あぁ。だからわかった。自分の過ちをな。」

「勝手に謝っていればいいさ。俺は魔を斬るのみ!」
「まだ言うか!!!」

 
 
 カエルが怒鳴る。溢れる魔力を吹き出し、剣を握る手に力が入る。
 
  
人が人を斬るのを正当化するのを見過ごす程、俺は愚か者ではない!
 
 
 カエルそう言うとグランドリオンを一閃した。切っ先からは水しぶきが走り、キー
ルへ向けて水の刃が放たれた。
 キールはそれに即座に反応し、地面に剣を強く突き刺した。すると、彼の前に土の
壁が出来、水の刃をその土が吸収した。
 
 
「!?」
 
 
 カエルがそれを見て驚くとともに、全神経を研ぎすました。
 過去に戦ったキールとは比較にならない程に腕を上げている。過去のイメージで戦
えば確実に負ける…そんな予感が過るほどにキールの気配は読めない。
 
 後方から気配がする。カエルは後方に向けて剣を振るう。しかし、感触が違う。カ
エルの剣は木の枝を切っていた。それに気付いた時には前方にキールの姿が有った。
 
 
「貰った!」
 
 
 キールが笑みを浮かべて切り掛かる。
 
 
「何!?」
 
 
 キールの剣は受け止められていた。それは鞘だった。
 カエルは鞘で受け止めると、後方に振っていた剣をそのまま水平にキールのもとへ
走らせた。キールは寸での所で後方に跳躍し体制を立て直した。
 カエルはそれを見て相手に余裕を与えないよう間髪入れずに剣を一閃した。再び水
の刃が走る。キールはそれを見て即座に再度地面に剣を突き刺し壁を作り出した。し
かし、壁に当たったのは水の刃ではなく、本物の剣だった。
 グランドリオンが壁を水平に切り裂くと、剣の周囲から風が巻き起こり切り崩した
土を吹き飛ばした。そのままグランドリオンがキールを捕らえる。
 だが、キールも負けていない。キールはグランドリオンを剣で受け止めると、気合
いと共に一気に押し返した。カエルはキールの怪力に後方へズズズという土の擦れる
音と共に押し返された。
 
 
「…それだけの剣を何故このような馬鹿げたことに使うのだ!
 俺はそんなモノのために振るったつもりはない!」
「人間と魔族は古代からの宿敵だ。
 魔族に寝返ったような奴に言われたかない!!」
「だまれ!!!ガキが!!!自惚れるなぁ!!!!」

 
 
 カエルが本気で怒り、剣に持てる全ての力を注ぎ込み振るった。
 キールもそれに応え、フルパワーでカエルの剣に対峙する。
 二人の剣が衝突した時、辺り一面に巨大な衝撃波が生じ、周囲の木をなぎ倒す。巻
き起こった風は全てを吹き消すかのごとく吹き荒れた。
 二人は一撃目が互いに引き分けたのを見ると、すぐ二撃目を打ち込む。再度衝撃波
が起こるが、二人の剣は互角に衝突した。
 
 
「キール!」
 
 
 カエルはキールの名を叫ぶと、今までに無い怒りを込め、持てる魔力の全てをグラ
ンドリオンに注ぎ込み打ち込んだ。
 
 
 
「!?あ、あ、ぁああぁぁぁ………………
 
 
 
 第三撃が衝突した。
 キールの剣はグランドリオンに触れた瞬間、粉々に粉砕しそのままキールの体を両
断したかと思うと、その体は飛散し消滅した。 
 
 
 
「…失ってしまったものは二度と元に戻らないんだ。だから人は反省するしかない。」
 
 
 
 サーーー………………
 
 
 
「しかし、オレはお前にそれを伝える事ができなかった………なんて事だ……」
 
 
 
 カエルはその場に崩れるようにしゃがみ込み、涙を流した。
 
 
 
 サーーー………………
 
 
 
 冷たい雨が深く染み入る。
 
 
 

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