クロノプロジェクト正式連載版

第34話「ハイパー干し肉を求めて 3」
 
 
 がパレポリ港に入る頃には昼時を回っていた。
 
 
「わぁ!港が見えたわ!」
「あぁ、帰って来たな。」

 
 
 2人は暖かい日の光と潮風を受けて眼前に広がるパレポリ港の景色を眺めていた。
 タータはしっかり舵を握り、監督は帆を管理していた。
 
 
「しかし、考えてみたら、何も証拠無いのに即金で報酬貰えるのか?」

 
 
 クロノがずっと頭に有った疑問を口にした。
 監督が帆の調整をしつつクロノの方を振り向きその疑問に答える。
 
  
「ガハハ、心配すんな。あんたの戦いしかと見届けたぜ!実は俺もアイツに一度襲
 われたことが有ってな、命からがら逃げたクチさ。しかし、あいつをあんだけ叩
 けるたぁ恐れ入ったぜ。まぁ、生死は確認出来なかったが、これで暫くはアイツ
 も用心して出て来ないだろうさ。」
「そんな曖昧な形で良いのか?」
「へん、オレが出すって言うんだ。黙って貰っとけ。金は無いより有った方が良い
 に決まってるだろ?ま、アイツから無事に帰って来れるだけでも大したもんさ。
 それで本当に出て来なくなったら儲け物だろ?ガハハハハハ!」

 
監督の言葉にマールが頭を深く下げて言った。
 
 
「監督さん、有り難う。」
「なぁに、気にするな。約束だ。」

 
 
 港に到着すると監督は事務所に行きすぐに報酬を出してくれた。その額1000
0Gといえば、当時は小さな船さえも買える金額だ。お金は1000ガルディア金
貨10枚と見た目には少ないが、1000G金貨一枚で一家が一年を裕福に暮らせ
る程の価値がある。クロノ達は随分見慣れたものだが、それでも冒険に出始めたば
かりの頃はその存在にとても驚いたものだった。
 
 当時の貨幣価値と現代の貨幣価値に大きな違いは無い。歴史的に継続性のあるガ
ルディアは他国との競争も長らく無かった事もあり、変動相場にならず固定相場が
約500年続いている。その間に変わった物といえば、緩やかな商品のインフレー
ションであり、現代ではラジオ/冷蔵庫/コンロといった家電製品の登場が市場を
賑わしていた。経済の変化は商品の変遷であり、価値の変化も緩やかな歴史をたど
ってきていた。故に、貨幣のデノミネーションなどとは無縁であり、中世の貨幣価
値と現代の貨幣価値には互換性が保たれている。それは歴史としては驚異的事実で
あり、ガルディアが如何に世界政治の中で大きな覇権を誇ったかを物語る。
 
 2人はタータと監督に再度深く礼を言うと、町長の家へ急いだ。
 
 
 コンコン!
 
 
 クロノがドアをノックした。
 
 
「どなたで……はぁ!?
 しょ、少々お待ち下さいませぇ〜〜〜!!!!
 
 
 応対に現れた家の者はクロノとマールに大層驚いて中に入って行った。その後、
数分もせずにドアが開く。
 そこには町長がパレポリ地方伝統の正装をして立っていた。
 
 
「王妃殿下、当家への再度のご訪問、大変に光栄にございます。ささ、どうぞ我が
 家へお入り下さい。」
 
 
 2人は以前同様の勘違い振りに内心呆れつつも、町長の言葉に従い入った。以前
同様に家族一同が並び立つ中、紅い絨毯の上を進み応接室に入ると、長椅子に座る
様促される。一同の者は皆2人の着席を固唾をのむかの様に待ち、その異様な緊張
感に押されつつ座ると、町長が着席し、一同の者達は部屋から出て行った。
 町長が用件を尋ねる。
 
 
「妃殿下、以前の立ち入り禁止令につきましては滞り無く完璧に実施しております。
 禁を破りし者には厳しく臨んでおります故、ご友人の研究の妨げは、今後決して
 起こさせません。ご安心下さい。」
 
 
 町長の律儀な報告を聴いた2人は内心複雑なものを感じつつ、その報告は当然の
ごとく受け取った。マールは前回同様に王族モード全開で振る舞った。
 
 
「感謝します。しかし、町長さん。今度は別の用件で参りました。」
「別と仰いますと?」
「はい、あなたの家でゴールデンマルマジロという種のマルマジロが飼育されてい
 ると聞き及び、訪ねさせてもらいました。つきましては、私にそのマルマジロを
 お譲りいただけないか交渉したく思います。」
 
 
 オースティンは内心大変に驚いていた。ゴールデンマルマジロを直接取引したい
という言葉は少なからぬ動揺となった。
 
 
「ゴ、ゴールデンマルマジロでございますか!?……えぇ、確かに飼育しておりま
 す。しかし、お譲りするなんてとんでもない。」
 
 
 汗を拭いつつ答える町長に、マールはすまして表情を変えず威厳を持って言った。
 
 
「勘違い為さらないでください。民の物を金銭を通さずに欲しているのではありま
 せん。それ相応の対価をお支払する用意はしてきました。」
「王妃様からお金など!?滅相も無い!そういうことではございません!私が申し
 上げたいのは、マルマジロを献上致したい所存であります!」
 
 
 オースティンの内心としてはこれでなんとか過ぎてくれればという所だったが、
マールの言葉は彼の期待する言葉ではなかった。
 
 
「…私の言葉をご理解されましたか?私は購入したいのです。あなたから献上を受
 け取るつもりはありません。さぁ、言い値で結構です。仰いなさい。」
「申し訳ございません。では、2500でいかがでしょう?これ以上は私どもも受
 け取れません。」
 
 
 マールは不思議だった。オースティンの恐縮振りがとても不自然に感じられる。
彼は何を隠そうとして必死なのだろうか?しかし、彼が何らかの弱みを感じて価格
を引き下げてくれていることは好都合でもあった。そこで念を押した。
 
 
「相場値は5000と聞き及んでおります。その価格ではあなたの飼育した苦労も
 報われぬというもの。せめて5000でお受け取りくださって結構なのですよ。」
「いやはや、私どもはその言葉だけ頂ければ満足にございます。」
 
 
 町長の言葉で取引は成立した。マールは半額に値切る事に成功。だが、オースティ
ンの方もほっとしている様に見えた。マールはよくわからないが、自分の為に貢献
する気持ちを持って譲ってくれたオースティンが不憫にも思われた。
 
 
「…そうですか。そう仰るのなら、私は無理にとは言いません。何もかも町長さん
 には迷惑ばかりお掛けして申し訳なく思います。せめて、私との交流の証として
 一筆詩をしたためたく思います。ペンをご用意頂けますか?」
 
 
 マールがそういうや否や、即座に家の物がペンと紙を用意した。マールはその者
に謝意の礼をし受け取ると一筆書き上げた。
 
 
「遥かなる、時の潮に洗われて、我晩秋に暖を見つけん。
  
                          リン・ディア。」
 
 マールは書き上げた詩を町長に渡すと言った。
 
 
「寒き季節を迎えますが、あなたのご厚意はとても暖かく感じました。今後とも街
 の為に良い政(まつりごと)を為さってください。」
 
 
 そういうとマールは立ち上がった。クロノもそれに習い立ち上がると町長も立っ
た。町長の目は何故か輝いていた。
 
 
「王妃殿下、この様な詩まで頂けるとは…このオースティン、末代まで家宝とし大
 切に致します。」
「ありがとう。では、取引成立ですね。」
「えぇ。では、すぐに用意させます。」
 
 
 町長が裏庭に2人を案内すると、既に一匹の大きな金色のマルマジロが家の者に
よって連れて来られていた。そのマルマジロは体長2mはあるだろう巨大な体格に
立派なフサフサとした毛を持っていた。
 ゴールデンマルマジロがとても高価に取引される理由として、この金色の毛皮の
価値も上げられる。元々はミスリル山脈の麓に生息する動物で、山脈の冷気にも耐
えられるだけのとても優れた保温性能を持ちつつ、この美しい毛色が太古の時代か
ら王侯貴族達の間で権威の象徴として用いられてきた。
 今でこそ飼育して一頃の珍獣と言う程貴重ではなくなりつつあるが、それでもそ
の価値は高く、一般庶民は勿論、貴族でもなかなか入手の難しい衣服だ。何よりこ
れだけの体格の動物なので、餌や様々なケアを考えるとなかなかそう上手く飼育も
できない。この点を考えると、パレポリ町長を務めるフォンデュー一族の賢さの一
端が伺える。
 2人はマルマジロを連れて巻貝亭に向かった。
 
 
 コンコン
 
 
「…お客さん、まだ準備中ぅう!?あ、あんたらか!?っというより、あんたらの
 後ろのソレ!ゴールデンマルマジロだろ!?!どうやって…」
 
 
 2人の後ろに見えるゴールデンマルマジロの美しい毛髪がきらきらと太陽の光を
浴びて輝いている。とても立派で同じゴールデンマルマジロでも最高級品であるこ
とは誰の目にも明らかに感じられる程威風堂々としたものだった。
 
 
「約束通りに用意したわよ。調理してくれるんでしょうねぇ?」
 
 
 マスターはマルマジロのもとに駆け寄り触った。その毛の感触は思った通り柔ら
かく、今まで扱ったことのあるマルマジロとは比べ物にならないものだと実感した。
 
 
「お、おう!任せときな!ハハハ、ハハ、いやぁ、本当にコイツを料理出来るとは
 なぁ。料理人として腕が鳴るぜ!よし、わかった、明後日にでも取りに来てくれ。」
「分かったわ。じゃぁ、マスター宜しくね。あ、お代は。」
「あ、そうだな。じゃぁ前金で2000貰おう。残りは出来上がりを取りに来た時
 で良い。」
「わかりました。では2000G。」
 
 
 マールが2000Gを渡す。マスターは受け取ると急いで店の中に入ったかと思
うと再び戻って来て2枚の紙をくれた。マールが受け取り見る。
 
 
「これは?」
「これが契約の証拠だ。とりあえずサインをしてこっちが控えでこっちが持ち帰り
 っつーわけだ。」
「あの、コレってフルネームじゃなきゃだめ?」
「いや、名前だけで良いよ。」
 
 
 マールはほっとした。内心本名も問題があるだろうとは思ったが、フルネームの
「ガルディア」がつくよりマシだろうと考えた。店の中に入ると、近くのテーブル
にマスターがペンを持って来てくれるので、マールはそのテーブルで2枚の契約書
に署名し一枚をマスターに手渡した。
 マスターはマールの本名を見て案の定ぎょっとする。
 
 
「うへ、お嬢さん、随分と良い所の方なんですねぇ。」
「フフ、そうね。お金の出所とかも安心できるでしょ?」
「はは〜、そりゃぁもう!じゃぁ、明後日の朝には出来てますので。」
「はい、では頑張ってください。」
 
 
 2人は巻貝亭を後にした。マスターは2人が出ると早速店の見習い達と共に調理
に取りかかった。
 
 パレポリの街の中心街をとぼとぼと歩く2人。思いがけず時間が出来てしまった。
あと2日をどう潰そうか?そんなことが2人の話題の中心だった。
 
 
「どうしよっか?」
 
 
 マールがクロノに嬉しい様な困った様なという複雑な表情で聴いた。クロノはそ
れに対して少し考える様な表情を見せるが、すぐに答えた。
 
 
「なぁ、お金が随分余ったからさ、タータにお礼をしないか?」
「そうね。タータがいなかったら船も出してもらえなかったもんね。そうしましょ!」
 
 
 2人は早速港への道を駆け出した。
 
 港に着くといつもの様にタータは荷物を積んでいた。だが、今回はいつもと逆の
様だ。船から荷物を下ろすのではなく、荷物を運び込んでいた。タータに近づいて
行くと、2人の姿にタータが気がついて船の中に小走りで入って行った。何だろう
と2人は顔を見合わせていると、すぐにまた船から出て来て手を振って駆けて来た。
 
 
「どうも!クロノさん!」
「やぁ、タータ。」
「こんにちわ、今日はいつもと逆の作業をしてるのね?」
 
 
 マールの質問に目を輝かせて言うタータ。とても嬉しそうだ。
 
 
「俺、今回の航海の操舵手になったんです!これから荷物を積み込んでトルースま
 で長い航海に出る事になりました!」
「まぁ、おめでとう〜!やったね!タータ!」
「えぇ!それもこれもクロノさん達のおかげです!何とお礼を言ったら良いか。」
 
 
 タータは感涙に咽ぶという表情で2人に話した。彼にとっては悲願の操舵手。ま
さに幼い頃からの夢である船乗りに名実共になることを意味した。彼の話では今回
は監督が補佐として付くが、その航海でしっかり船を届けられれば次の航海からは
彼の判断での操舵となるらしい。
 
 
「そうか、じゃぁ、もうすぐ一人前だな!」
「えぇ、これでようやく未来が見えて来た気がします。」
「はは、下積み大変だったんだな。」
「…はい。」
 
 
 タータにどのタイミングで言えば良いか迷っていたマールが口を開いた。
 
 
「あの、タータ?」
「ん、なんですか?」
「この前の航海でのお金、結構余っちゃったの。で、今回はお礼として余りを分け
 たいなと思ってきたのよ。」
「ちょっと待って下さいよ。お礼なんて俺いらないです!」
「え?でも、色々助けてもらったし、船のチャーターのことだって…」 
「チャーター?僕が乗せたのは友達であって客じゃない。お金なんか欲しいわけな
 いです!」
 
 
 悲しそうな、怒った様子にマールは無理も言えず謝った。
 
 
「………有り難う。ごめんね、タータ。」
 
 
 マールはそういうと深く頭を下げた。クロノもそれに習って礼をした。
 
 
「頭下げるなんてよしてくれよ2人とも。俺の方こそいきなり怒鳴って悪かったよ。
 せっかくお礼の気持ちで来てくれたのに。」
 
 
 タータの言葉に2人は頭を上げる。
 マールは申し訳ない気持ちで言った。
 
 
「…そうよね、お金でなんか払っちゃいけないよね。でも、私達にも何かさせて?」
 
 
 マールにそう言わて、タータは少し考えてから笑顔で言った。
 
 
「じゃあ、また会いに来てください。それだけでいいよ。」
 
 
 その言葉に2人は同時に笑顔で答えた。
 
 
「うん、必ず!」
 
 
 タータに改めて礼をして別れると、2人はまた暇が出来てしまった。
 その時クロノが言った。
 
 
「なぁ、せっかくだし、ゆっくりこの街を楽しもうぜ?」
「うん。そうね。こんなのんびりと中世の街を見ているなんてなかなか出来ないも
 んね。」
 
 
 そう決まると2人は早かった。2人は街をゆっくりと散歩し始めた。タータのい
た海岸通りには沢山の商船や漁船が停泊している。この時代はようやく航海が盛ん
になりだす時代でもあり、様々な地域の様々な船が徐々に遠洋貿易を始めだす頃だ。
 
 ガルディアの歴史においては船の航海は割と早い段階から盛んだった。
 
 太古の昔、初代ガルディア国王の時代に既に船による航海の記述は有り、当時の
船の技術も近海を渡るには十分な性能が備わっていたらしく、船の上で合戦をした
ガルディア海峡での戦いは有名な歴史として残っている。ガルディア王はその地で
神の加護を受け、伝説のミスリルの神々が授けた聖なる剣によって勝利し、世界を
統一する足がかりとしたとされる。
 
 2人は海岸線沿いの石造りの堤防の上に座り海を眺めた。海風は秋の寒さもあっ
てとても肌寒いが、澄んだ美しい青い空と地平線の向こうまで続く海は2人に故郷
での記憶を思い出させた。
 
 
「綺麗だな。」
「うん。」
「…前に俺が帆船操舵の実習から帰った時も、こんな感じに堤防で座ってたっけ。」
「えぇ。クロノグッタリ疲れててあんまり喋ってくれなかったよね。」
え?そうだったっけ?」
「そうよぉ。」
 
 
 クロノは自分で振っておいて気まずかった。話題を変えようと考えるが良い話が
浮かばない。
 
 
「でもね、私は嬉しかったよ。」
…」
「だって、普通ならお姫様との結婚なんて望まないわ。それが私なら。」
「そうか?」
「そうよ〜。なんてたって街の人にも有名なお転婆娘のマールディア姫よ?」
「ハハハ、マールは活発な所が良いんだよ。」
「…そう言ってくれるのはクロノだけだったわ。」
「…。」
 
 
 マールの言葉は沈んでいた。何を話してやれば良いのか分からなかった。いつも
は好奇心旺盛な彼女も、自分のこととなると複雑な表情を見せる。彼女が表面で明
るいのに、実際は様々なことに心を痛めているということは深く付き合う中で分か
って来たことだった。
 
 
「だから、私は無言で耐えてくれてるクロノが有り難かった。それだけで、私はお
 腹いっぱい。」
 
 
 遠い海を見つめながら言う彼女の表情は、なんとなく哀しそうだった。
 クロノはその哀しみを吹き飛ばしちまえという思いも込めて明るく言った。
 
 
「ははは。お腹いっぱいか?」
「うん。いっぱい。」

 
 
 その時、港で出航の花火が打ち上げられた。どうやらタータ達の船が出港するら
しい。2人が駆けて行くと船員達が手を振っていた。タータは操舵手のためか、そ
の場には立っていなかった。だが2人は無事を祈ってタータにエールを送ってその
場を後にした。
 
 港を出ると市場に通りかかった。毎日水揚げされた魚がここに並ぶが、今は時間
帯としては遅く、清掃をするおじさんの姿が有るだけだった。だが特有の魚の匂い
がする。市場の裏手では干物が作られていた。様々な干物が有り、今朝の提灯アン
チョビーは勿論、秋の魚であるコンブリが3枚に下ろされて干されていた。
 コンブリは身が厚く油ののった魚で生でも食べられるが大半は干物や薫製にされ
る。まだ保冷技術の確立されていない中世ではコンブリと言えば干物か薫製と相場
が決まっており、刺身の様な食べ物は地元以外ではなかなか食べる事は出来ない。
その味は風味が高く、様々な食材に合わせられる良質な出し汁を取れる。薫製も肉
厚で適度に柔らかな歯触りが子ども達にも人気で、この地方の子ども達のおやつと
いえばコンブリを噛んでいるくらいだ。
 2人は体長40cmにもなるコンブリの干物を初めて見る。近くで黙々と作業す
るおばさんに聞いた。
 
 
「おばさん、これなんですか?」
「コンブリよ。」
「コンブリ?」
「あら、知らないの?旅の人かい?」
「えぇ。」
「そうかい。なら仕方無いねぇ。でも、パレポリのコンブリといえばガルディア1
 と有名なのよ。一度巻貝亭にでも行って食べて御覧なさいな。」
「そうなんですか?…あの、私手伝っていいです?」
 
 
 クロノはマールの言葉に驚いた。その驚きはおばさんも同様で、目をぱちくりし
て聞いた。
 
 
「手伝うって、あんた達がかい?」
「えぇ。邪魔にならない範囲で出来れば体験してみたいんですが。」
「もの好きねぇ。別に構わないよ。干すだけだからなんも難しくないしねぇ。」
「有り難うございます。」
「あ、なら、あんた達着替えた方が良いね。作業着がそこの小屋の中にあるから着
 替えてきな。」
「はい!」
 
 
 マールは目を輝かせてクロノの手を引き小屋に走った。クロノはやれやれいつも
のことだと思いつつ、そうマールの思いつきも悪いと思っていなかった。こんな時、
マールの積極的行動力はさすがと思っていた。この何も無い中世も彼女にかかれば
面白い対象の宝庫なのだ。
 
 マールは着替えるとすぐにおばさんのもとへ行き説明を受ける。内容は簡単で干
すだけだが、2人はおばさんの予想外に早いペースで作業を片付けて行くので、そ
の後に提灯アンチョビーの魚醤作りやコンブリの薫製まで作る事となった。その間
に他のおばさん達も作業に加わった。新しく来たおばさん達も一様に2人の作業の
早さに感心して、様々な作業を一緒にこなして行った。
 
 そうこうするうちに日が暮れる頃にはおばちゃん達がこなす作業の殆どが終了し
てしまった。
 
 
「まぁ、お二人さんのおかげで仕事が一気に片付いちゃったよ!有り難うねぇ〜!」
「いえ、私も凄く楽しかったです!」
「俺も良い経験になりました。」
「そうだ、これからウチで夕食をどーお!」
「あ、良いんですか?有り難うございます!…実はお腹ぺこぺこで。」
「助かります。」
「いえ、良いのよぉ!まぁ、豪勢な料理は出せないけど、田舎のおばちゃんの料理
 で良ければお腹いっぱい召し上がれ!さ、行きましょう!」
 
 
 おばさん達の1人で、一番始めにマールが手伝いの話を持ちかけたおばさん、名
をコレドという50代の女性の宅に招かれる事となった。コレドさんの家は山の手
の方に家を構える網元で、言わばあの市場の元締の様な家だった。しかし、仲間の
おばさん達との上下関係は感じられず、とても和気あいあいとした雰囲気だった。
 
 
 家に着くと娘が出迎えた。
 
 
「おかーちゃん、おかえり!」
「あら、ただいま。良い匂いねぇ。」
「うん、今日はおとーちゃんがコンブリが豊漁だったからっていっぱい持って来た
 から、スープ作ってたわ。」
「あんらぁ、コンブリどでんと取れたからねぇ〜。そうかいそうかい。あ、そうだ、
 今日はお客さんが2人いるんだよ。ささ、どうぞ。」
 
 
 コレドさんが2人を家に招き入れる。家の中からは確かに良い香りが漂ってい
た。クロノが娘に挨拶をする。
 
 
「こんばんは、クロノと言います。こちらは俺の妻のマールです。」
「お邪魔します。マールです。」
 
 
 マールがクロノに紹介されて笑顔で挨拶をすると、娘さんの方も笑顔で挨拶した。
 
 
「いらっしゃい。初めましてクロノさん、マールさん。私は長女のシェーンです。」
「あ、そうそうシェーン、お二人の分はあるんだろうねぇ?」
「大丈夫よ!嫌という程食べられるだけあるわ。」
「そうかい、そうかい。ささ、じゃぁ、お二人も玄関で立ち話もなんだから、リビ
 ングに入ってちょうだいな。」
 
 
 2人は居間に招かれると、この家の主人であるコレドの夫キックリと会った。キ
ックリは快く迎え入れ、食卓の準備が整うまでの間、漁の話や世間話などに花が咲
いた。キックリの話では、漁場はパレポリではこの時期は周辺海域の中でも西海岸
沿いが特に良く捕れるそうで、今日もそこに網を張ったらしい。また、今朝の討伐
に出掛けたのがクロノ達と聞いてキックリは驚くと共に、おかげさまで今日は天気
も良く大量に恵まれたと話していた。
 いよいよ食事の仕度が整うとダイニングに入る。そこにはこの家の使用人や近所
のおじさんやおばさんも含めた食卓が用意されていた。この家では沢山の使用人や
近所の人を含めて家族として接しており、コレドの夫であるキックリは家族は勿論、
周囲の多くの人達に好かれる人物のようだった。キックリは2人の働きに感謝の言
葉を話すと、新しい友人に乾杯をして夕食となった。
 料理はコレドが加わって手早く調理されたゾウイカの塩焼きやムールビー貝の酒
蒸し、コンブリの出汁で作ったスープにパレポリ地方特有のパスタ料理が並ぶ。2
人は初めて見るパレポリの家庭料理をゆっくりと味わい、大勢との夕食を楽しんだ。
 
 
「今日はごちそうさまでした。」
 
 
 マールが玄関まで見送りに来ていた一家に言った。
 コレドさんがそれに笑顔で言った。
 
 
「いいえぇ、こちらこそ昼間はありがとうねぇ〜。またおいで。あなた達2人は私
 達の家族の様なものよ。」
「家族だなんて…ありがとう。コレドさん。」
 
 
 マールはコレドの温かい言葉に涙が浮かぶ。彼女には家族という言葉はとても重
いものだった。両親は既にもうこの世にはいないのかもしれない。そして自分の家
であるガルディアも。そんな彼女にとってはとても嬉しかった。
 
 
「あらあら、今生の別じゃないのよぉ〜。フフフ、またいつでもおいでよ。」
「…はい。」
 
 
 マールは涙を拭うとコレドさんの家族に礼をした。クロノもそれに習い礼をし、
2人はコレドさんの家を出た。
 家を出た2人は前にも泊まっている宿に泊まり眠りについた。
 
 翌日は2人はゆっくり昼まで寝ていた。昨夜は明日ハイパー干し肉が出来上がる
こともあり、二日分の宿代を払っていたため時間を考えずにゆっくりと眠った。
 起きたのは案の定マールが先だったが、クロノも程なくして目覚めた。
 
 
「…あ〜、寝たわね〜。」
「ほぁ〜。」

 
 
 クロノがベッドを出て、あくびをしながらごそごそ頭を掻きつつベッドの側にあ
る棚に置いたローブを手に取り羽織り、ベッドから正面の壁に付いている暖炉に火
をつけた。
 
 
「ふぅ〜、寒寒寒〜〜〜。」
 
 
 まだ火を起こすのが大変な時代であり、暖炉の火をつけるには火種を貰ってくる
必要があったが、クロノにはそんな必要もなく、薪をくべて指先からほんの少しサ
ンダーを走らせると、ボウッという音と共に火がついた。
 
 
「うー、あったけ〜〜〜〜。」
 
 
 クロノはそう言って火が付いたのを確認すると、再びベッドにゆっくり歩いて座
った。マールもその時にはローブを着ていた。
 
 
「腹減ったなぁ〜。」
「さすがにルームサービスなんてないわよね。」
「ははは、そうだな。」
「今日は本当に寒いわねぇ。」
「あぁ。冷え込んでるな。…俺、一つ気になる事があるんだ。」
「何?」
「蛙ってよぉ、冬眠するじゃん?」
「えぇ。」
「ならよぉ、カエルも…冬眠するのか?」
「え?どういうこと?」
「いや、だから、俺達の探してるカエルもさぁ?」
 
 
 マールはクロノに問われてはっとした。万が一冬眠をするとなると、2人が探し
ても見つけられるのだろうか?何よりもお化け蛙の森の蛙達だってそうだ。
 
 
「…ねぇ、それって、もしかして…あの蛙さん達も冬眠して交渉にならないなんて
 オチじゃないわよね?」
「…そうならないことを祈ろうぜ。」
 
 
 クロノは苦笑せざるを得なかった。マールも確かにクロノの言う通りでしかない
現実を感じていた。だが、それが凄く彼女の中に焦りを感じさせていた。
 
 
「私、本当に新婚旅行だったら…急がないんだろうね。」
「ん?どうした?」
「クロノとの新婚旅行なら楽しいはずなのに、どうしても頭の中は切り替えられな
 いの。」
「良いじゃないか?それで。」
「ううん。違うよクロノ。だって、私達ってもしかしたらこの時代で一生を暮らす
 かもしれないのよ?それが分かっていても切り替えられないの。たぶん、ずっと
 何処かに感じるのかもしれないわ。こんなで前向きって言うのかしら?」
 
 
 マールの疑問は確かにあった。もしかしたら自分は元の時代に戻らずにここで暮
らすことになるのかもしれない。しかし、クロノの出している答えは違った。
 
 
「前向きだろ?俺達は飽くまで戻ることが最優先だ。戻らないなんてのは無しさ。
 だってそうだろ?俺を生き返らせたんだ。世界を救う手だても確実にあるさ。」
「…クロノ。」
「気にして当然さ。俺達は戻るんだ。」
「うん。」
 
 
 2人はその後着替えてホテルの食事を頼んだ。部屋に運ばれて来た食事を摂ると、
再び2人はゆっくりと眠りについた。
 
 
 
 翌日
 
 
 
 2人は朝早く巻貝亭に出向いた。前日ぐっすりと休んだことですっきり壮快とい
う気分だった。巻貝亭では約束通りにハイパー干し肉が出来ていた。しかし、量が
半端じゃなかった。さすがあれだけの巨体のゴールデンマルマジロとなると荷車一
台分にはなった。
 荷車は巻貝亭で貸してくれた。というのもマスターがゴールデンマルマジロの毛
皮をできれば譲って欲しいと言うので快く譲った所、後金は要ら無いし荷車もタダ
で貸し出すとの話になり、すんなりとなんとか運べる目処も付いた。
 
 二人はお化けカエルの森へ急いだ。冬眠しているのではないかという不安が過り
つつ進むと、街道の前方に目的地付近の森が見えてくる。しかし、森は寒いにも関
わらず紅葉していない。まだ時期的に寒く無いのだろうか青々と茂っていた。だが、
後方の山の樹々では紅葉は着実に始まっているし、前方の森以外では紅葉している
樹々が見られた。不思議な違いに頭をひねりつつ森の中に入ると、中はむわっと蒸
したジャングルのように暖かかった。…確かにこの暖かさなら外の景色も頷けるも
のだった。
 荷車を引いて森の奥へと進んでいると、四方から蛙達が出てきた。
 マールは蛙達に向かって言った。
 
 
「持ってきたわよ」
「ほんとゲロ?」
「ほら」
 
 
 荷車を指さす。
 そこには美味しそうな最高級品ハイパー干し肉が。
 
 
「おおっ!」
 
 
 カエル達から一斉に歓声が上がる。そしてすぐ…、
 
 
「突撃ぃぃぃぃいいいいいい〜!」
 
 
 ドドドドドドドドドドドドドドドド!
 
 
 大勢のカエルが荷車に飛びかかる。
 
 
「う、うまいゲロ!」
「さすがはあの方が言われることだけはあるゲロ!」
「しあわせケロ〜☆」(←女の子カエル)

 
 
 ワイワイガヤガヤ
 
 
 2人は呆気にとられた。荷車はもう見る影もない。
 カエル達を見ると、その手にはしっかりとハイパー干し肉が後生大事に握られて
いた。中には食べ始めている者もいれば、そそくさと家に帰って行く姿も見られる。
 主蛙が2人に代表して話し掛けてきた。
 
 
「有り難うだゲロ。今まで失礼なことばかりして申し訳ないゲロ」 
 
 他の蛙達がハイパー干し肉に群がる中、それを横目に主蛙が言う。
 しかし、よく見ると口の端が汚れているし、額にうっすらと足跡が…どうやら一
番始めに戦果を上げたらしい。
 
 2人は相手が急に丁寧な口調になったことに驚きを感じた。そんな2人に構わず
主蛙は話を続ける。
 
 
「…あれからもう他の人間は誰もこの森に近づいてないゲロ。我らはあなた方を信
 じるゲロ」
 
 
 そう言うと主蛙は一つの筒をマールに手渡した。
 
 
「これは?」
「これは紹介状だケロ。」
「紹介状?」
 
 
 マールは筒の蓋を開けて中を見ると、一枚の羊皮紙が入っていた。
 
 
「これをどうするの?」
「カエル様は北の新しい森に引っ越されておりますゲロ。」
「北の新しい森?」
 
 
 首をかしげる2人。
 
 
「そうゲロ。10年ほど前から急に北の砂漠に拡がり始めたゲロ。今はそこにワ
 シの息子も住んでいるゲロ。だけど、今は入るには紹介状が必要ケロ。ワシの
 紹介状があれば入れるケロよ。」
 
 
 2人は北の砂漠に広がり始めたという言葉にはっとして顔を見合わせた。
 
 
『フィオナの森!』
「そう言えば、あの方もそんな名前で呼んでおられたような…ゲロ。」
 
 
 首をひねって考え込んでいる主蛙にクロノが言った。
 
 
「ありがとう、じゃあ、俺達は行くよ。」
 
 
 早く旧友に会いたいという気持ちが次第に強くなっていく2人。
 一方、名残惜しそうな蛙達。
 一匹の子蛙が2人に言った。
 
 
「もう行ってしまうゲロ?」
 
 
 マールはようやく打ち解け始めた蛙達の言葉にはっとする。
 しかし、クロノの急ぎたい気持ちもわかる。
 子蛙にマールは優しく言った。
 
 
「こめんね。でも、またきっと来るから」
「…ほんとケロ?」
「うん。」
「約束だケロよ?」
「うん。」
 
 
 姉に甘えるような、姉に去られるような寂しげな目。子蛙はマールとの別れを惜
しんだ。つい先日まで嫌われていたと思っていたのに、急に変わり戸惑う二人に対
して主蛙が察して言った。
 
 
「また、遊びに来てやってくれケロ。我らはいつでもあなた方を待っているケロ。」
「うん…、有り難う。蛙さん達。」
 
 
 二人は後ろ髪を引かれるような思いを感じつつ、お化け蛙の森を去った。
 
 
 
 
 
 お知らせ
 
 この物語りのクロノ編の下地を作られた方はファラさんです。ファラさん
有り難うございます。こうして活かして書かせて頂きました。
 
 from REDCOW.

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