クロノプロジェクト正式連載版

第36話「再現 後編」
 
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 エルは冷たい水の底で漂っている様な不思議な感覚の中にいた。
 
 
 自分は何故こんな所にいるのだろう?
 いや、その前に自分の感覚は正しいのだろうか?
 
 
 …ハッキリしない自分の存在。
 これが死というものなのだろうか?
 
 
 漂う世界は本当に冷たく、深く、暗い。
 瞼に当たる冷気がとても目を開けられる環境ではないということを知らせる様だ。
 
 
 ふと、何故か過去の思い出が蘇ってくる。
 冷たい感覚の中には自分の記憶の一端が透けて見える様な感覚があった。走り過
ぎ行く記憶。
 
 
 
 
 つい先日知った自分の子どもが生まれるという嬉しい記憶。
 
 
 愛弟子を切り捨てた目を覆いたい苦い事実。
 
 
 森を育てている内に楽しい仲間や友人が沢山出来た記憶。
 
 
 その友人達が理不尽な理由で消え行くのを防ぎきれなかった事実。
 
 
 最愛の妻との出会いの思い出。
 
 
 理不尽な世界の現実に倒れかけた事実。
 
 
 スプリガンとの楽しい思い出。
 
 
 人間の傲慢さの一端を見た哀しい事実。
 
 
 自分を気遣う国王への感謝の思い出。
 
 
 そして、
  
   クロノ達との長い長い冒険の日々…………。
 
 
 
 
 
 それは自分が歩いて来た道を振り返る様な懐かしい映像の数々だった。だが、ふ
と気付いた。…これは自分の人生の終わりを意味しているのではないか。
 
 人は死に行く時、その記憶の全てを退行し、大いなる光の中に包まれるという。
太古から伝わる古きガルディアの神々の信徒達が伝える「もう一つの世界」の話。
 死は一つの世界の終わりを意味し、新たなる世界での自分の始まりであるという。
それは人は等しく世界の一部であり、光の化身であり鳥の神「シルヴァドゥール」
の翼によって新たなる世界へ導かれるのだという。
 
 だが、ここは違う。
 
 信徒達が伝える伝説の世界は自分の感じている世界ではない。
 ここは暗く、冷たく、そして静かだ。それは深い深い水の底に沈められた様な漂
う感覚と、妙にハッキリとした判断力が沸き出す。
 
 
 そうこう考えているうちに映像が過ぎて行き、最後の映像らしきものが目前に迫
ってくる。そこには忌まわしきあの時が描かれていた。
 
 
 青白く血の気の通わぬ顔をした深紅のマントを身にまとう男と、その部下達。
 男を中心に自分から見て左側に見える男はソイソー。その隣にはマヨネーがいた。
そして、男の前にはビネガーが立っている。その後ろにいる男は感情も無く、ただ
立っている様に見える。
 
 
 
「魔王様、この男に相応しい姿に変えてみてはいかがでしょう?」
 
 
 
 …そうだ。
  俺はこの後にあいつにこの姿に変えられちまったんだ。
 
 だが、なんて顔してやがる。
 胸くそ悪いその無表情な顔。…あの時、心底凍り付いた顔。
 
 蛇に睨まれた蛙か。
 
 …確かに。
 …俺には迷いが有った。
 
 「サイラスの役に立ちたい。」
 「サイラスの様に強くありたい。」

 
 オレは他の誰でもない、サイラスのために戦っていた。だが、サイラスが殺され
たあの時、俺の目的も目標も支えも全て崩れちまった。他人のために戦うことが悪
いわけじゃ無いが、戦士としての己が無さ過ぎた。フッ、俺が負けるわけだ。
 
 魔王の奴が悪いわけじゃない。俺が未熟だったが故の結果だ。でも、あの時はそ
れを例え分かっていても認められなかった。クロノと旅をするまでは。
 
 クロノとの旅で、俺はようやくサイラスという男との決別が出来た。常に全ての
中でサイラスの存在が重かった。いや、俺には無意識に全てを受け入れる姿勢すら
あった。いや、今もそれはかわらんか。…だが、グランドリオンはその違いを確実
に見分けていた。
 
 魔王の奴がこの姿に変えなければ…世界は無かったのかもな。それはあいつ自身
の身に起こる結果としても見える。あいつも俺がいなくては自分の目的を達するこ
とはできなかった。
 
 
 …そういうことなのか?
 
 
 
 カエルは様々なことを回想する映像の中で考えた。自分を客観的に見つめ直すこ
とを落ち着いてやれていることが不思議だったが、この妙な冷静な感覚の中ではそ
れが可能に感じた。
 そこに突然声がした。
 
 
 
「…ほほう、よく生き続けたな。」
 
 
「………その声は!?」
 
 
 
 忘れもしないその声。自分の姿を変え、人生をも変えた男。
 
 
 
「…フン、覚えていたか。」
 
 
「ハハ、お前を忘れる程、俺はまだ耄碌して無い。」
 
 
 
 カエルは必死に手を動かす様にバタつかせるが、空を切る様な掴めない感触が手
をすり抜けるばかり。
 
 
 
「…そうか。しかし、お前はよく生きた。」
 
 
「…誉めてるつもりか。」
 
 
「…生きるとは皮肉なものだな。」
 
 
「…。」
 
 
 
 何を言わんとするのか掴めない。ここは掴めないものばかりだと思った。現実の
空間ではないと感じるが、そう感じる一方で妙な意識の澄んだ感覚がある。時が回
っているのかわからないのに、自分の意識は全くぶれを感じない。それはこの世界
が一部に現実を持ち、そして、何らかの意図を持って存在しているのだろうという
ことは感じられる。
 それが何なのか。知りたい反面、この状況を考えると知りたいとも思いたく無い。
だが、相手はそうではないらしい。
 
 
 
「…死を受け入れた方が幸せかも知れん。
 しかし、死は思うようにはやってはこぬ。」

 
 
「……なんのつもりだ?」
 
 
「お前が望むものは俺も望むものだ。」
 
 
「?」
 
 
「しかし、お前が得るべきものは死では無い。」
 
 
「…フ、お前はまだ俺に何かを与える者だと勘違いしているようだな。冗談じゃ無
 い!俺はお前と馴れ合ったつもりは無いぞ!」

 
 
 
 カエルの怒りの声が木霊する。
 空間は何処までも自分の声を浸透させるが、やがてそれも無かったかの様にまた
同じ静寂が辺りを包む。
 
 
 
「死は尊いがいずれ等しく訪れる。
 …だが、今求めるならば、お前に与えてやる事も不可能では無い。」

 
 
「何様のつもりだ!それ以上言うならば斬るぞ!」
 
 
「…しかし、お前の選択すべきものは死ではない。」
 
 
「黙れっ!」
 
 
 
 
 
 
 
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「魔王っーーーー!!!…………?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 カエルは意識を取り戻した。
 辺りを見渡すと、そこは暗いが確かに森の中だ。どうやら道の途中で意識を失っ
て倒れたらしい。…見慣れた道が続いている。
 
 
 
「………夢か。…ふぅ。ここは…?、湖…家はあっちか。」
 
 
 
 カエルは立ち上がった。
 
 
「(…?)」
 
 
 何か違和感を感じる。自分の見ている視界がおかしい気がする。しかし、何がお
かしいのか理解できない。数歩歩いてみると歩きが軽快に感じた。だが、それ以外
は特に違いが無い様にも感じる。
 
 
「(…何だ?軽い?頭でも打ったか?)」
 
 
 頭を押させえようと自分の腕を上げた。手がわさわさと茂る茂みを掴んだ。
 
 
「!?!」
 
 
 カエルはその茂みを掻きむしろうとする。
 
 
「痛っ!!……ホンモノ!?」
 
 
 カエルは慌てて湖の方に駆け出した。そして、湖の水面に自分の姿を映した。月
明かりでぼんやりと自分の姿が見える。
 
 
「……………そうか。だから…チッ。」
 
 
 
 カエルはとにかく自宅に戻る事にした。
 
 
 
 
「…ただいま帰った。」
「おかえりなさい。」
 
 
 レンヌの声がキッチンの方から聞こえる。カエルの帰宅に顔を見せようと居間に
来て驚いた。
 
 
「まぁ!?あなた…」
「………レンヌ、オレだ。」

「えぇ、わかります。忘れているかも知れないけれど、私にはあなたの姿が見えて
 います。…でも、ようやく解けたのですね。」
 
 
 レンヌはそう言うとカエルに抱き着いた。
 カエルはレンヌをしっかりと抱きしめた。
 
 
「…あぁ。君を本当の姿で抱ける日が来るとは思いも寄らなかった。嬉しいよ。」
「私も嬉しいわ。」
 
 
 カエルはそう言うと暫くの間無言でそのまま抱きしめていた。レンヌはそんなカ
エルの気持ちを察して何も言わずにそのまま身を任せていた。
 暫くしてカエルが言った。
 

「…暫くオレは森を出る。」
「…え。」
「……オレは、この姿に戻った以上、為さねばならないことがある。」
 
 
 カエルの声からはとても強い決意の様なものを感じる。だが、それがどこから来
るものなのか、レンヌも計りかねていた。
 
 
「何を気兼ねしているのです?森には私のようにあなたの姿を知っている人は大勢
 います。あなたが例え人間の姿だからって、決して嫌に思う人はおりません。」
 
 
 レンヌの問いかけにカエルは優しく静かに自分の体を離すと、レンヌの瞳を見て
言った。その表情はとても優しげだったが、なにか哀しみも感じる気がした。
 
 
「…違うんだ。」
「え?」
「…もちろん、ある程度の時間を置いてみんなにオレの姿の事を知ってもらう期間
 も取るべきだとは考えた。だが、それとは別に俺は前からしなくてはならないと
 考えていたことがある。」
「…それは本当にしなくてはならないことなのですか?」
「あぁ。この森の未来の為にも今やらなくてはならないだろう。それにはこの姿が
 必要だった。」
 
 
 カエルの決意はやはり固い様だ。彼女としては夫の哀しみがその決意と関係して
いるのではないかと感じた。だとしたら、無理を言う事は出来ない。夫の長い間持
ち続けている哀しみが消えるのであれば…今はせめて尊重してあげたいと思った。
 
 
「…そう。わかりました。」
「あぁ。なに、すぐに帰ってくるさ。心配するな。オレの家はここなんだから。」
「はい。では、いつ出発なさるのですか?」
「今夜中に出る。夜の方が皆に気付かれて騒ぎにならずに済むからな。」
「わかりました。ならば、…せめて森を出るまで一緒に行かせて。」
「…あぁ。」
 
 
 カエルはその後レンヌと共に家を出た。
 カエルはパトラッシュを口笛で呼ぶ。すると家の裏手の森から颯爽と走ってきた。
 
 
「ワオォォォォーーーーン!!!」
 
 
 2人はパトラッシュの背にまたがった。
 
 
「パトラッシュ、サンドリノ側の入り口まで頼むぞ。」
「ワン!」

 
 
 パトラッシュは一声吠えると、二人を乗せて走り出した。その走りは二人に配慮
してか振動が少ないように気遣われたものだった。
 
 
 
  
「ワオォォォォーーーーン!!!」
 
 
 

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